2026/06/01

御霊の実(2)愛

「愛する者たちよ。わたしたちは互に愛し合おうではないか。愛は、神から出たものなのである。」(ヨハネ第一4:7)

 愛は、御霊の実の第一に挙げられるものです。いつまでも存続するものの中でも、「最も大いなるものは、愛である」(コリント第一13:13)と言われています。
 キリストは愛について多く教えています。「敵を愛し、迫害する者のために祈れ。」(マタイ5:44)「求める者には与え、借りようとする者を断るな。」(マタイ5:42)天から注がれる神の愛は、自分の利益を求めず、敵をも愛し、他者に与える愛です(コリント第一13:5)。
 私たち人間の愛は長続きしません(黙示録2:4)。「ボアネルゲ、すなわち、雷の子」(マルコ3:17)と呼ばれた使徒ヨハネも、師であるキリストのみ胸に近くにとどまり(ヨハネ13:23)、愛することについて学びました。「ここに愛がある。」(ヨハネ第一4:10)私たちも神の愛にならう者となりましょう。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2026/05/01

御霊の実(1)御霊から生じる

「御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、柔和、自制であって、これらを否定する律法はない。」(ガラテヤ5:22-23)

 イエス・キリストは、彼に従う弟子たちが実を結ぶようになると約束しました(ヨハネ15:5)。その実のうちには「御霊の実」(ガラテヤ5:22-23)も含まれます。
 また、キリストは人が実によって見分けられることを示し、「良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ」(マタイ7:17)と言いました。良い実を結ぶためにも、人は良いものによって養われる必要があります。キリストは人を養うため「わたしにつながっていなさい」(ヨハネ15:4)と命じました。
 キリストは御霊を与えてくださり(ヨハネ15:26)、私たちは「霊から永遠のいのちを刈り取る」(ガラテヤ6:8)ことができます。御霊の実は人の手で作り出すことができません。それは天の恵みであり、キリストという良い幹に接ぎ木されてこそ得られる実りです(ローマ11:17)。
 ですから、私たちは良い実を得ることができるために、「御霊によって進もう」(ガラテヤ5:25)ではありませんか。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2026/04/15

2026年4月14日(火) 教会合同墓参

 2026年のイースター礼拝を終え、日を変えて久しぶりに教会合同墓参を行いました。関東教区墓地に埋葬されているご家族であり、いつもの顔なじみの方々が集まりましたが、改めて考えてみると、お互いに顔を合わせるのが数年ぶりであることがわかりました。ご家族のことだけでなく、昔の教会の思い出話に花が咲きました。

2026/04/05

「志村キリスト教会50周年記念誌」(2004年)より

あたたかい教会 渡辺正晴

 コンクリート造りの小中学校の校舎が、木造の校舎に造り直されている。コンクリートは人工的に作り出されたもので、冷たく無機質で心を和ませることが出来ないからである。木は神の創造されたものである。創世記によれば、全てのものは人間が登場するために必要なものとして創造されている。だから木には温もりがあり、人の気持ちを和ませる要素があり、木には癒す力が備わっている。

 私がはじめて志村教会に行ったのは高校二年の六月であった。聖書は開けない、聖歌は歌えず、祈りもできずに教会の片隅に座っていた。今日のように様々な楽器はなく、皆はひたすら声を張り上げて歌い、大きな声で祈り、説教を食い入るようにして聴いていた。

 礼拝が終わって帰る時に、不思議な事に「この次も教会に来てみよう」という決意が与えられた。それは礼拝の中に心を和ませるあたたかい雰囲気があり、それが強く心に残ったからである。あたたかい雰囲気は人工的に作り出されたものではなく、神の御霊が志村の群れに豊かに注がれ、キリストの恵みを皆が熱い心をもって讃えていたからであると思う。

 志村教会のあたたかさは、私が伝道第一線に出てから三十五年以上を経ているが、志村教会から毎年出身献身者への励ましの手紙と心のこもるプレゼントという形で存続している。皆さんからの手紙とプレゼントをいただく度ごとに、初めて教会へ行った日のように心があたためられ、志村教会が私の母教会であることを心から感謝している。

 志村教会は創立五十年を迎え、ビジョンを張り広げて五十一年目に踏み出そうとしているが、御霊に導かれ、主を喜び伝える教会として前進されますように心から祈り続けています。

 私は志村教会の出身であることを感謝し、また誇りに思い、私も主の愛に満ち溢れるあたたかい教会を形成するために、主に仕える日々を歩みたいと祈り願うものである。

※志村キリスト教会五十周年記念誌(2004年6月27日発行)

2026/03/08

2026年4月5日(日) イースター礼拝

イエス・キリストの復活を祝う

イースター礼拝 


4月5日(日) 10:30~
※礼拝後、希望者による茶話会を予定

2026/03/01

「献堂45周年記念文集」(1999年)より

今日まで守られ 長屋ふさゑ

 志村教会創立四十五周年記念に際して、四十五年前の私はどうだったのかと考えてみました。受洗後三年位たった時です。友人たちと夢中になってイエス様のことを語り合い、異言の聖霊を頂き、霊肉共に満たされ、家族に隠れても教会にいきました。「恐れるな、我なり」これは信仰の恩師、菊地隆之介先生が私に書いてくださった聖書の御言葉です。

 四十五年前のアッセンブリー教団は今と同じように、聖霊の風が吹きまくっていたと思います。志村教会もそのすばらしい御霊の渦の中で建てられたのだと思うと嬉しくなります。

 先回アッセンブリー教団創立五十周年聖会の折、私の友人が五十年間信仰を忠実に貫いた人として表彰されました。志村教会にも後二、三年でこの彰状がもらえる、山田イネ、金子なつ子姉などがおられます。とにかく四十五年以上も忠実な歩みが出来たと言うことは、人知では計り知ることの出来ない神の祝福があったからだと思います。私は牧師と共に彼女たちの信仰が守られるために陰ながら祈らせて頂きました。また、私たちのためにも彼女たちは良き祈り手です。私たちが喜ぶ以上に主は「忠実な僕」として喜ばれることでしょう。

 「もし生きるなら、主のために生き、もし死ぬなら主のために死ぬのです。ですから生きるにしても死ぬにしても、私たちは主のものです。」(ローマ十四・八)

 「私は主のものです。」この御言葉は、最近の私の告白です。アーメン。私は主イエスの聖名によって救われました。ですから主の聖名によって何でもできます。霊の戦いの中に毎日主イエス・キリストへの信仰を告白し、あの若き献身に燃えた恐いものなしの時をなつかしく思うと同時に、今生かされている中で、主がどの様にさらに用いて下さるのだろうかと、胸おどらせつつ、毎日主のお働きを期待いたします。

 年老いた今からどこ迄献身を続けさせて頂けるのか分かりませんが、召して下さったのは主ですから、なお現役で頑張らせて頂きたいと願っています。唯やがて、主の前に申しひらきする時がくるのは確かです。主より「我、汝を知らず」と言われないように地上の戦いを最後まで戦っていきたいものです。

 今日まで守られしことと又いつも私のためにも祈りの手を上げてくださる信徒の皆様方に感謝しております。その中に私を主の道に誘って下さった小学校以来の竹馬のとも竹田みよ子姉妹が加えられていることの不思議な主のお取り計らいを深く主に感謝します。また多くの天国にある当教会故人の顔もなつかしく、やがて会い見る日を楽しみに、この世の旅路を全うしたいものです。

 多くの方々の長年にわたる祈りのつまれた教会とその聖徒たちの上に主の祝福があるように祈ります

※献堂四五周年記念文集(1999年6月13日発行)

2026/02/01

「献堂40周年記念文集」(1994年)より

わが国籍は天にあり 沢田なみえ

 私は一八九九年(明治三二)一月茨城県下のある門徒宗の寺に生れて本年九五歳になりました。少女時代鐘の音を聞きつつ仏のためにと朝夕拝み、経典を読まさせられたりの毎日を過して参りました。年頃となり結婚しましたが、酒ぐせの悪い夫とは知らず、そのため苦悩の多い日々を経験しました。三人の子供をかかえ、それは大変でした。自分の運命を呪ったこともありました。悔やまれる人生だと日夜悩み、心配の余り倒れることも度々ありました。寺に生れ、仏典を手にしたこともあるのに私の心には何らの救いもありませんでした。

 「そうだ自殺する気なら何でもできる、どこか働く所を探そう」と思っている矢先に、北区の洋品問屋の者だがといって、年の頃六〇歳位の方が来訪され、衣料品を売りさばいてほしいとの、話が思いがけなくも飛び込んで参りました。突然の事でしたが今思えばこれが、主なる神様の助けだったのです。とにかく大喜びと感謝の気持ちで、自分に持てるだけの荷物を背負ってあちこちの家々に、行商で売り歩きました。不思議に順調に衣料品は売れ、会社でも喜ばれました。もちろん辛い時もありましたが、持ち前の積極さでぐんぐん売り上げも伸びてゆきました。

 そうこうしている時に、現在の志村教会のあることを知ったのです。当時の牧師先生は山脇久治先生でした。先生から、この世の罪人たるこの「沢田」を救うために、天の御父上は愛する独子イエス・キリストを賜ったこと、そして十字架上で身代わりとなって死んで下さったこと。それ故に、全ての罪は赦され、神の子と造り変えられ、新生し、かつ永遠の命まで頂いて、この世の旅路を終えたのち、イエス様のおいでになる天国でずーっと、栄光の身体をもって生きてゆくことができるなど、色々と教えていただき本当に感謝いたしました。

 ふり返れば長い人生様々ありましたが、大正十二年九月一日の関東大震災、二十四歳でもう三人の子供がありましたが、突然の事とて大あわて。浅草区は火の海となったので、上野の山に命からがら一端逃げだし、さらに茨城の実家に家族一同ようやくの事でたどりついた事。また戦時中は小石川区に住んでいましたがこれまた東京大空襲で家は丸焼け。けれども私の生命だけは助かりましたが、戦地の二人の息子は戦死する有様でした。昭和二〇年敗戦後、板橋区大和町に家を設けそこで生活するようになって、家庭集会や子供会も開き、近所の子供達にも聖書の話を語って聞かせ、大変喜ばれたこともありました。しかし、長男は終戦と共に外地から帰国しましたが、栄養失調で入院、肺結核を併発、病死してしまいました。そんな悲しみをも味わいましたが、その後主人はキリスト様を受け入れ、クリスチャンとなって天に召されていきました。

 現在の都立老人ホームに入所してもう二〇年以上になりますが、私にとってここが神様から与えられた最後の伝道の場となりました。あの方この方に「日曜日は志村教会に一緒にゆきましょう。そこに真実なる神様が待っておられます。主イエス・キリスト様はあなたを愛しておられます」と声をかけ、お誘いしてもう何人の方々が洗礼の恵みにあずかられたことでしょうか。かれこれ三〇名になります。もちろんこのことは私一人の力ではなく、牧師先生を始め、志村教会諸兄姉たちの厚きお祈りとご協力によるものであります。(中略)

 ハレルヤ!「わが国籍は天にあり」(ピリピ三章二〇節)ですから、もういつ神様からのお召しがあっても悔いる所はありません。

※献堂40周年記念文集(1994年7月10日発行)

2026/01/04

「鷲志 松崎師記念号」(1973年)より

あかし 清水裕子

 私が初めて志村教会へ来たのは昭和三十六年七月でした。たずねて、たずねて、やっと捜しあてた頃には、帰り道が案じられるほどに遠く、家から二時間位離れていました。もっと近い教会があったのに志村教会へ来たのは――私はそれより二ヶ月前の全国聖会で救われたのですが、会場で松崎先生から名刺をいただきました――この日ふとたずねてみようと思いついたのです。神様の摂理でしょうか、私は先生の名刺によって志村教会へ導かれました。

 しかし、最初から熱心に集会へ出席したわけではありません。聖会で著しい御霊の取扱いを受けながらも、教会生活の重要性を認識していませんでした。私に教会行きを促したのは先生からの定期郵便でした。義理を感じ感謝もあって又行きたいという思いにかられ、再び教会へ来ました。

 その後、献身を決意し教会へ住み込みましたが、ある特別集会の翌日に高熱を出して倒れてしまいました。激しい痛みに身動きもできなかった数日間、道子先生に一方ならぬお世話になりました。忙しい夕方に小さかった福子ちゃんの泣声がひとしきり止まない時など私は心も痛みました。入院という最悪の事態がおとずれましたが、先生はじめ教会あげての祈りに支えられ、今は御国に在る老姉の枕辺で続けられた祈りもあって、召命感は守られました。

 退院後、見ゆるところは望みの無い状態でしたが、外の声に沈黙し、ひたすら内に御旨をたしかめつつ、待望の日を過していました。その様なある日、先生に再び献身の問題をたずねられ、この道一筋に生きる意志を表明したのです。先生の御言葉の中に召しに従った者の心意気をうかがい、私の心は定まりました。

 ギルガルからベテルへ、ベテルからエリコ、さらにヨルダンへ――救い、献身、戦いと、エリシャの如く師に次いで献身者の道程を進んで行きたく願っています。

※鷲志・松崎師記念号(1973年3月18日発行)

2025/12/28

2025年12月28日「義による平和」

詩篇72:1-7
 72:1 神よ、あなたの公平を王に与え、
あなたの義を王の子に与えてください。
 72:2 彼は義をもってあなたの民をさばき、
公平をもってあなたの貧しい者をさばくように。
 72:3 もろもろの山と丘とは義によって
民に平和を与えるように。
 72:4 彼は民の貧しい者の訴えを弁護し、
乏しい者に救を与え、
しえたげる者を打ち砕くように。
 72:5 彼は日と月とのあらんかぎり、
世々生きながらえるように。
 72:6 彼は刈り取った牧草の上に降る雨のごとく、
地を潤す夕立ちのごとく臨むように。
 72:7 彼の世に義は栄え、
平和は月のなくなるまで豊かであるように。

 イエス・キリストはイスラエルの王ダビデの子(子孫)として生まれました(マタイ1:1)。「ダビデの子」(ルカ18:38)という呼び名は、「ダビデの王座についてイスラエルを支配する者」と等しい意味となります(ルカ1:32)。

 イスラエルの王には、聖書により厳しい資質が求められています。第一に公平と義(正義)を保って民を正しくさばくべきこと(:2)、第二にそのさばきによって民に平和を与えるべきこと(:3)です。そのために、イスラエルの王は聖書(律法)から常に学ぶことが命じられました(申命記17:18-20)。ダビデの子ソロモンは、神に民を正しくさばく知恵を求めました(列王紀上3:5-14)

 義と平和は神からの賜物(:7)です。詩篇72篇は、王のために義と平和を求める祈りの言葉です。今の時代にも必要な「義と平和」を、私たちも新しい年を迎えるにあたり求めてまいりましょう。「平和をつくり出す人たちは、さいわいである、彼らは神の子と呼ばれるであろう。」(マタイ5:9)

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2025/12/20

2025年12月21日「主によって強められた」

サムエル上2:1-10
 2:1 ハンナは祈って言った、
「わたしの心は主によって喜び、
わたしの力は主によって強められた、
わたしの口は敵をあざ笑う、
あなたの救によってわたしは楽しむからである。
 2:2 主のように聖なるものはない、
あなたのほかには、だれもない、
われわれの神のような岩はない。
 2:3 あなたがたは重ねて高慢に語ってはならない、
たかぶりの言葉を口にすることをやめよ。
主はすべてを知る神であって、
もろもろのおこないは主によって量られる。
 2:4 勇士の弓は折れ、
弱き者は力を帯びる。
 2:5 飽き足りた者は食のために雇われ、
飢えたものは、もはや飢えることがない。
うまずめは七人の子を産み、
多くの子をもつ女は孤独となる。
 2:6 主は殺し、また生かし、
陰府にくだし、また上げられる。
 2:7 主は貧しくし、また富ませ、
低くし、また高くされる。
 2:8 貧しい者を、ちりのなかから立ちあがらせ、
乏しい者を、あくたのなかから引き上げて、
王侯と共にすわらせ、
栄誉の位を継がせられる。
地の柱は主のものであって、
その柱の上に、世界をすえられたからである。
 2:9 主はその聖徒たちの足を守られる、
しかし悪いものどもは暗黒のうちに滅びる。
人は力をもって勝つことができないからである。
 2:10 主と争うものは粉々に砕かれるであろう、
主は彼らにむかって天から雷をとどろかし、
地のはてまでもさばき、王に力を与え、
油そそがれた者の力を強くされるであろう」。

 クリスマスには教会でも毎年、クリスマスの賛美歌を歌います。それは、クリスマスにふさわしい賛美歌、すなわち、イエス・キリストのご降誕を祝う歌であるからです。その賛美歌の歌詞にも注目してみてください。

 キリストの母マリヤは「わたしの魂は主をあがめ(マニフィカト)」と歌いました(ルカ1:46-55)。その歌詞は、預言者サムエルの母ハンナの賛美歌(:1-10)を元にしたものでした。彼女たちは神から祝福を受け、気落ちする心を強められた経験を歌に表しました。

 「主は貧しくし、また富ませ…」(:7)と歌われています。それは、キリストも「貧しい人たちは、さいわいだ」(ルカ6:20)と言われたのに通じます。聖書の神は「貧しい人々に福音を宣べ伝えさせるために」(ルカ4:18)キリストを天より送られました。そのために、マリヤをキリストの母として選ばれ(ルカ1:30-31)、最初のクリスマスに貧しい羊飼たちを選ばれました(ルカ2:8-11)。

 「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。」(ルカ2:10)今年もご一緒にクリスマスを喜びましょう。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2025/12/14

2025年12月14日「主の道を備えよ」

マルコ1:1-8
 1:1 神の子イエス・キリストの福音のはじめ。
 1:2 預言者イザヤの書に、
「見よ、わたしは使をあなたの先につかわし、
あなたの道を整えさせるであろう。
 1:3 荒野で呼ばわる者の声がする、
『主の道を備えよ、
その道筋をまっすぐにせよ』」
と書いてあるように、
 1:4 バプテスマのヨハネが荒野に現れて、罪のゆるしを得させる悔改めのバプテスマを宣べ伝えていた。
 1:5 そこで、ユダヤ全土とエルサレムの全住民とが、彼のもとにぞくぞくと出て行って、自分の罪を告白し、ヨルダン川でヨハネからバプテスマを受けた。
 1:6 このヨハネは、らくだの毛ごろもを身にまとい、腰に皮の帯をしめ、いなごと野蜜とを食物としていた。
 1:7 彼は宣べ伝えて言った、「わたしよりも力のあるかたが、あとからおいでになる。わたしはかがんで、そのくつのひもを解く値うちもない。
 1:8 わたしは水でバプテスマを授けたが、このかたは、聖霊によってバプテスマをお授けになるであろう」。

 イエス・キリストがこの世に来られるまでには、いくつかの準備段階がありました。

 はるか昔にはイザヤ等の預言者による予告がありました(イザヤ40:3)。その予告の言葉は、キリストが来られる道を整えよと命じています(マラキ3:1)。そのために多くの人々がキリストの先駆者として用いられ、預言者たちが予告をし、最後にバプテスマのヨハネが悔改めを宣べ伝えました(:4)。彼ら預言者は、自らはキリストではなく「荒野で呼ばわる者の声」(:3)に過ぎないと言いました。ヨハネのバプテスマ(洗礼)も、あとに来る本体であるキリストによる「聖霊によるバプテスマ」(:8)の予告に過ぎないものでした。

 キリストご自身もクリスマスに生まれて、30年ほど経った後に宣教の働きを始めました(ルカ3:23)。このように、私たちの待ち望む神の救いの時は、神が定めています。「しかし、時の満ちるに及んで、神は御子を女から生れさせ…おつかわしになった。」(ガラテヤ4:4)今年も主の到来(アドベント)を期待してまいりましょう。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2025/12/07

「鷲志 第6号」(1968年)より

証詞・信仰体験記 荒井康泰

 私は教会へ行ったのは小学校五年の時が初めてであった。兄が救われ、姉が救われ、二人の生れ変っている生活を見て、自分も教会へ行ってみたいと思ったのである。歌のすきであった私は教会の賛美歌も魅力であった。しかし、勇気のない自分には教会へ入ることが出来なかった。姉につれられて行ったのが教会の初めての集会であった。それから中学三年までかよい続けたが、キリストの救いをもっていなかった。その後、教会から離れるようになり、人生についても考えるようになり、何のために生きているのか?何が人生の目的であり、何をたよりに生きているのか?ということが問題になり、悩みながら四年すぎていくある日、友人と共に教会に再び出席した。説教の中でただ一つの御言が私の心にひびいた。それは「私は道であり、真理であり、生命である」という御言で、特にキリストこそ道であり、これが人生の目的であり、生きがいであるのだということを知らされ、熱心に、神を求め続けた。一年間の週三回の集会も休まないで出席したことを記憶している。

 ある伝道会に、救われたいという飢え渇きをもって熱心に悔改めたとき、私の心の中に、今までにない光と喜びが湧きあがり、「だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである。」(第二コリント五・一七)というこの聖書の御言が私の心にひらめき、私は救われ新しくされ、清められたと実感し、確信した。

 さらに素晴らしいことは、聖霊のバプテスマを受け、聖霊に満たされ、一時間位満たされつづけ、それからというものは、キリストに対する伝道と奉仕の意欲がわいてきたのです。

 現在の私の心の中には、キリストによる救いの喜びが満ちあふれ、六年間たった今なお祈るとき、同じこのすばらしい恵みを与えられていることをおぼえて、苦しい中にも毎日感謝して生活している。

※鷲志第6号(1968年5月12日発行)

2025年12月7日「心にしるされた契約」

エレミヤ31:31-34
 31:31 主は言われる、見よ、わたしがイスラエルの家とユダの家とに新しい契約を立てる日が来る。
 31:32 この契約はわたしが彼らの先祖をその手をとってエジプトの地から導き出した日に立てたようなものではない。わたしは彼らの夫であったのだが、彼らはそのわたしの契約を破ったと主は言われる。
 31:33 しかし、それらの日の後にわたしがイスラエルの家に立てる契約はこれである。すなわちわたしは、わたしの律法を彼らのうちに置き、その心にしるす。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となると主は言われる。
 31:34 人はもはや、おのおのその隣とその兄弟に教えて、『あなたは主を知りなさい』とは言わない。それは、彼らが小より大に至るまで皆、わたしを知るようになるからであると主は言われる。わたしは彼らの不義をゆるし、もはやその罪を思わない」。

 契約は有効期限等の条件が変われば、多くの場合は以前の契約内容を引き継いで更新されます。預言者エレミヤの時代、二つのイスラエルの国家のうち、「イスラエルの家」(:31)は滅亡していました。しかし、神はイスラエルの全家と結んだ契約を更新しようと臨まれます。

 モーセを通して結ばれた契約は、人の一方的な落ち度により破棄されました(:32)。神はモーセに契約をしるした石の板を授けましたが(出エジプト31:18)、民の偶像礼拝を見たモーセは怒って板を砕いてしまいました(出エジプト32:19)。神が落ち度なく用意した契約を、人は簡単に破ってしまったのでした。

 神が新しく用意した契約は、人の手で壊されることのないよう、人の心にしるすと言われました(:33)。私たちの心は、神の新しい契約を保てるでしょうか。そのためには、私たちの心は新しくされる必要があります。「わたしは新しい心をあなたがたに与え、新しい霊をあなたがたの内に授け…わがおきてを守ってこれを行わせる。」(エゼキエル36:26-27)

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2025/11/30

2025年11月30日「さめていても眠っていても」

テサロニケ第一5:4-10
 5:4 しかし兄弟たちよ。あなたがたは暗やみの中にいないのだから、その日が、盗人のようにあなたがたを不意に襲うことはないであろう。
 5:5 あなたがたはみな光の子であり、昼の子なのである。わたしたちは、夜の者でもやみの者でもない。
 5:6 だから、ほかの人々のように眠っていないで、目をさまして慎んでいよう。
 5:7 眠る者は夜眠り、酔う者は夜酔うのである。
 5:8 しかし、わたしたちは昼の者なのだから、信仰と愛との胸当を身につけ、救の望みのかぶとをかぶって、慎んでいよう。
 5:9 神は、わたしたちを怒りにあわせるように定められたのではなく、わたしたちの主イエス・キリストによって救を得るように定められたのである。
 5:10 キリストがわたしたちのために死なれたのは、さめていても眠っていても、わたしたちが主と共に生きるためである。

 手紙の書き手パウロは、この文章の前に「眠っている人々」(テサロニケ第一4:13)すなわち身内の死者を悲しむ人々を励ましています。「主の来臨の時」(テサロニケ第一4:15)に復活することを語って。「その日」(:4)とは、主イエス・キリストが再び地上に来られる時です。

 また、その日を恐れ怪しむことのないよう教えます。私たち人間には、その日がいつであるかがわかりません。しかし、そのために自暴自棄になってしまわないように(:5)。なぜなら、私たちは「光の子」(:5)であるから、また「義の太陽」(マラキ4:2)であるキリストが光を照らされるからです。

 クリスマスは一年で最も日の短い「冬至」に合わせて祝われます。冬至を過ぎれば日が再び長くなり始めます。キリストは私たちに光と目ざめを与えるため、人の子として生まれ、死に、神の子として復活されました。「キリストがわたしたちのために死なれたのは、さめていても眠っていても、わたしたちが主と共に生きるためである。」(:10)

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版) 

2025/11/23

2025年11月23日「目をとめ、いつくしんで言われた」

マルコ10:17-22
 10:17 イエスが道に出て行かれると、ひとりの人が走り寄り、みまえにひざまずいて尋ねた、「よき師よ、永遠の生命を受けるために、何をしたらよいでしょうか」。
 10:18 イエスは言われた、「なぜわたしをよき者と言うのか。神ひとりのほかによい者はいない。
 10:19 いましめはあなたの知っているとおりである。『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証を立てるな。欺き取るな。父と母とを敬え』」。
 10:20 すると、彼は言った、「先生、それらの事はみな、小さい時から守っております」。
 10:21 イエスは彼に目をとめ、いつくしんで言われた、「あなたに足りないことが一つある。帰って、持っているものをみな売り払って、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう。そして、わたしに従ってきなさい」。
 10:22 すると、彼はこの言葉を聞いて、顔を曇らせ、悲しみながら立ち去った。たくさんの資産を持っていたからである。

 イエス・キリストは、出会う誰に対しても真剣に向き合われました。群衆に教え(マルコ10:1)、パリサイ人と問答し(マルコ10:2)、弟子たちの質問に答え(マルコ10:10)、子どもたちを迎えて祝福されました(マルコ10:16)。

 キリストの前にひざまずいて質問した人に対しても、「永遠の生命を受けるため」(:17)の言葉と行動の正しい指針を示されました。しかし、質問した当人は「顔を曇らせ、悲しみながら立ち去った」(:22)とあります。彼が持っていた「たくさんの資産」がキリストの教えに従うのに足かせとなってしまったのでした。

 「永遠の生命を受ける」とは、「神の国にはいる」(マルコ10:23)ことです。キリストは常に「神の国」(マルコ1:15)について教えました。同じくキリストは「だれでも幼な子のように神の国を受けいれる者でなければ、そこにはいることは決してできない」(マルコ10:15)と言われました。神の国は、よき者のもの、金で買えるものでなく、ただ「受けいれる」べきものです。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2025/11/16

2025年11月16日「約束のものを取り戻す」

ヘブル11:13-19
 11:13 これらの人はみな、信仰をいだいて死んだ。まだ約束のものは受けていなかったが、はるかにそれを望み見て喜び、そして、地上では旅人であり寄留者であることを、自ら言いあらわした。
 11:14 そう言いあらわすことによって、彼らがふるさとを求めていることを示している。
 11:15 もしその出てきた所のことを考えていたなら、帰る機会はあったであろう。
 11:16 しかし実際、彼らが望んでいたのは、もっと良い、天にあるふるさとであった。だから神は、彼らの神と呼ばれても、それを恥とはされなかった。事実、神は彼らのために、都を用意されていたのである。
 11:17 信仰によって、アブラハムは、試錬を受けたとき、イサクをささげた。すなわち、約束を受けていた彼が、そのひとり子をささげたのである。
 11:18 この子については、「イサクから出る者が、あなたの子孫と呼ばれるであろう」と言われていたのであった。
 11:19 彼は、神が死人の中から人をよみがえらせる力がある、と信じていたのである。だから彼は、いわば、イサクを生きかえして渡されたわけである。

 「これらの人」、すなわちアブラハムらは「信仰をいだいて」(:13)、神の「召しをこうむった時、それに従い、行く先を知らないで出て行」(ヘブル11:8)きました。彼らは「約束のものは受けていなかった」(:13)のですが、神から幻を与えられ(創世記15:1)、それを頼りに旅を続けました。

 アブラハムは信仰のゆえに神に求めることができました(:14-16、創世記15:2)。信仰の子孫であるクリスチャンも同じように神に祈り求め、神はその祈りを聞き届けてくださいます(創世記15:6)。

 信仰によって、アブラハムはわが子イサクを神にささげました(:17)。神はイサクを犠牲にすることを求めました(創世記22:2)。アブラハムの苦悩は想像を絶しますが、彼は神に従うことによって約束の成就を求めました。その結果、「彼は、いわば、イサクを生きかえして渡され」(:19)ました。

 これはまさにキリストの十字架と復活を示す型です。「あなたがたは…彼(キリスト)を死人の中からよみがえらせた神の力を信じる信仰によって、彼と共によみがえらされたのである。」(コロサイ2:12)

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2025/11/15

2025年12月21日(日) クリスマス礼拝

志村キリスト教会のクリスマス

2025年
12月21日(日)10:30~11:45 クリスマス礼拝

2026年
1月1日(水)10:30~11:45 元旦礼拝

※どなたでもご出席いただけます。ぜひお越しください。

2025/11/09

2025年11月9日「主は信仰を認められた」

創世記15:1-6
 15:1 これらの事の後、主の言葉が幻のうちにアブラムに臨んだ、
「アブラムよ恐れてはならない、
わたしはあなたの盾である。
あなたの受ける報いは、
はなはだ大きいであろう」。
 15:2 アブラムは言った、「主なる神よ、わたしには子がなく、わたしの家を継ぐ者はダマスコのエリエゼルであるのに、あなたはわたしに何をくださろうとするのですか」。
 15:3 アブラムはまた言った、「あなたはわたしに子を賜わらないので、わたしの家に生れたしもべが、あとつぎとなるでしょう」。
 15:4 この時、主の言葉が彼に臨んだ、「この者はあなたのあとつぎとなるべきではありません。あなたの身から出る者があとつぎとなるべきです」。
 15:5 そして主は彼を外に連れ出して言われた、「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみなさい」。また彼に言われた、「あなたの子孫はあのようになるでしょう」。
 15:6 アブラムは主を信じた。主はこれを彼の義と認められた。

 アブラムは、後に「多くの国民の父」を意味する名の「アブラハム」に変えられました(創世記17:5)。彼は神の約束を信じて神の召しに従い(ヘブル11:8)、地上の利権に目を留めず神の約束のみを追求しました(創世記14:23)。そのため、新約聖書でも彼は「信仰の父」とみなされています(ガラテヤ3:6-9)。

 しかし、アブラムへの約束はなかなか実現しませんでした。彼の思いを見通すように、神は「恐れてはならない」(:1)と語りかけました。その言葉に応じ、アブラムは心の思いを言い表しました(:2-3)。彼の信仰は盲従とは違っていたことがわかります。

 その応答に対し、神は言葉とともに幻(映像)を示しました(:5)。言葉では十分に表現できないもの、特に将来について、神は幻やたとえ話のようなイメージを用いて伝えています。

 神の約束は言葉で表現しても、その中身は言葉では伝えられません。しかし、アブラムは神の示しをそのまま「信じた」のです。神はそれをよし、「義」と認められました(:6)。「信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである。」(ヘブル11:1)

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2025/11/02

「教会十年の歩み」(1965年)より

祈り伝道する教会 牧師 松崎実也

『主よ、いま、彼らの脅迫に目をとめ、僕たちに、思い切って大胆に御言葉を語らせて下さい。そしてみ手を伸ばしていやしをなし、聖なる僕イエスの名によって、しるしと奇跡とを行わせて下さい』。

 彼らが祈り終えると、その集まっていた場所が揺れ動き、一同は聖霊に満たされて、大胆に神の言を語り出した。  使徒行伝四章二九~三一節

 私どものおかれている時代は、二十世紀の後半、宇宙ロケットのとびかう時代、月旅行も夢ではなくなった時代である。果してこういう時代に、見えざる神を信ずることに意義があるのだろうか。しかり、如何に科学が進歩し、文化生活を営むようになったとはいえ、人の心は昔も今も変らない。罪と不安と絶望の中にある、ただそれを目先の快楽でまぎらわせているにすぎない。

 私ども、この時代に生きる教会、キリスト者のなすべきことは何か。それは永遠に変ることのない神の言に信仰をおいて、祈り伝道することである。もし新しいことが起るとすれば、それは、神の言と祈りと信仰とによって、上より、聖霊のみわざとして起るであろう。決して人間の考え出したテクニックや対策からではない。我らは時代にさからって祈り伝道する教会を目ざして進もう。

※教会十年の歩み(1965年6月25日発行)

2025年11月2日「神の御前での食事」

出エジプト24:5-11
 24:5 イスラエルの人々のうちの若者たちをつかわして、主に燔祭をささげさせ、また酬恩祭として雄牛をささげさせた。
 24:6 その時モーセはその血の半ばを取って、鉢に入れ、また、その血の半ばを祭壇に注ぎかけた。
 24:7 そして契約の書を取って、これを民に読み聞かせた。すると、彼らは答えて言った、「わたしたちは主が仰せられたことを皆、従順に行います」。
 24:8 そこでモーセはその血を取って、民に注ぎかけ、そして言った、「見よ、これは主がこれらのすべての言葉に基いて、あなたがたと結ばれる契約の血である」。
 24:9 こうしてモーセはアロン、ナダブ、アビウおよびイスラエルの七十人の長老たちと共にのぼって行った。
 24:10 そして、彼らがイスラエルの神を見ると、その足の下にはサファイアの敷石のごとき物があり、澄み渡るおおぞらのようであった。
 24:11 神はイスラエルの人々の指導者たちを手にかけられなかったので、彼らは神を見て、飲み食いした。

 出エジプト記は、神の民イスラエルの誕生を物語ります。彼らには先祖伝来の信仰がありましたが、信仰をどのように守るべきかを教える「宗教」はありませんでした。その宗教を教えるのが「律法」であり、「契約の書」(:7)です。

 祭司が定められる前、モーセは若者たちに燔祭等の務めを任せました(:5)。モーセは民に律法順守を誓わせ(:7)、契約の血を注ぎかけました(:8)。その後、七十人の長老たち(:9)とともに神を仰ぎ見(:10)、神の御前で食事をしました(:11)。こうしてイスラエルの民は、律法を授かるにあたり、礼拝方法を実体験によって学びました。

 この出来事は、キリストの聖餐式(ルカ22:19-20)のひな形の一つとなりました。律法が神の民に礼拝方法を教えたように、聖餐式はキリストの十字架による贖いのわざを、パンを食べ、ぶどうを飲むことによって体験させます。「だから、あなたがたは、このパンを食し、この杯を飲むごとに、それによって、主がこられる時に至るまで、主の死を告げ知らせるのである。」(コリント第一11:26)

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)