2025/10/12

2025年10月12日「神に愛されている者」

エペソ5:1-5
 5:1 こうして、あなたがたは、神に愛されている子供として、神にならう者になりなさい。
 5:2 また愛のうちを歩きなさい。キリストもあなたがたを愛して下さって、わたしたちのために、ご自身を、神へのかんばしいかおりのささげ物、また、いけにえとしてささげられたのである。
 5:3 また、不品行といろいろな汚れや貪欲などを、聖徒にふさわしく、あなたがたの間では、口にすることさえしてはならない。
 5:4 また、卑しい言葉と愚かな話やみだらな冗談を避けなさい。これらは、よろしくない事である。それよりは、むしろ感謝をささげなさい。
 5:5 あなたがたは、よく知っておかねばならない。すべて不品行な者、汚れたことをする者、貪欲な者、すなわち、偶像を礼拝する者は、キリストと神との国をつぐことができない。

 私たちの世界の親子関係は千差万別で、非常に親しい親子も、そうでない場合もあります。親から虐待を受け続けた結果、自らも子を虐待するような負の連鎖もあります。しかし、「愛」というものは、本当の意味で親しい人間関係がなければ伝わりません。

 自らが人を愛する「愛の人」となるためには、自ら愛を十分に受け入れなければなりません。「人知をはるかに越えたキリストの愛を知って、神に満ちているもののすべてをもって、あなたがたが満たされるように、と祈る。」(エペソ3:19)

 神の愛を受け入れ、神にならう者になってこそ、初めて愛の人と言えます(:1)。愛の人は「愛のうちを歩く」、すなわち愛することを実行する人です(:2)。「わたしたちは言葉や口先だけで愛するのではなく、行いと真実とをもって愛し合おうではないか。」(ヨハネ第一3:18)

 愛の人であるなら、愛にふさわしくないことを避けなければなりません。それは、汚れた行いと言葉です(:3)。これらの事柄と正反対なのが「感謝」です。感謝は汚れた心を清めます。「すべての事について、感謝しなさい。」(テサロニケ第一5:18)

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)