2020/04/19

2020年4月19日(日) 礼拝ガイド


説教(せっきょう)「いと高(たか)き方(かた)を称(たた)える」
出(しゅつ)エジプト15:1-6(お持(も)ちの聖書(せいしょ)をお読(よ)みください)

 今日(きょう)はモーセと神(かみ)の民(たみ)イスラエル人(じん)の歌った賛美歌(さんびか)を聴(き)きましょう。イスラエル人(じん)は奴隷(どれい)として苦(くる)しんだエジプトを脱出(だっしゅつ)しました。その直(す)ぐ後(あと)に、エジプト人(じん)がイスラエル人(じん)を追(お)いかけて来(き)ましたが、神様(かみさま)が海(うみ)を分(わ)けて、イスラエル人(じん)は海(うみ)を渡(わた)って救(すく)われました。出(しゅつ)エジプト15章(しょう)の言葉(ことば)は、このような神様(かみさま)の大(おお)きな奇跡(きせき)に感謝(かんしゃ)して歌(うた)った賛美歌(さんびか)の歌詞(かし)です。
 今(いま)、皆(みな)さんは賛美歌(さんびか)を聴(き)いたり、歌(うた)ったりすることのできる心(こころ)の状態(じょうたい)でしょうか。ある人(ひと)は、心(こころ)が石(いし)のように重(おも)く、とても賛美歌(さんびか)を聴(き)いたり、歌(うた)ったりできないような気持(きも)ちであるかもしれません。
 そうであったとしても、この賛美歌(さんびか)を歌(うた)っているイスラエル人(じん)のことを考(かんが)えてみてください。彼(かれ)らは決(けっ)して悩(なや)みや苦(くる)しみを知(し)らない人々(ひとびと)ではありません。私(わたし)たちと同(おな)じように様々(さまざま)な問題(もんだい)で悩(なや)み、苦(くる)しみ、神様(かみさま)の救(すく)いを切(せつ)に祈(いの)り求(もと)めている人々(ひとびと)です(出(しゅつ)エジプト2:23)。彼(かれ)らが祈(いの)った結果(けっか)、神様(かみさま)の大(おお)きな救(すく)いの御業(みわざ)を体験(たいけん)することができて、そのことに感謝(かんしゃ)して賛美歌(さんびか)を歌(うた)っているのです。
 イスラエル人(じん)が神様(かみさま)を賛美(さんび)できるのは、悩(なや)み苦(くる)しんで沈(しず)んだ心(こころ)を神様(かみさま)が引(ひ)き上(あ)げてくださり、神様(かみさま)が彼(かれ)らの口(くち)に賛美歌(さんびか)を与(あた)えられたからです。「主(しゅ)は、私(わたし)の力(ちから)であり、ほめ歌(うた)である。」(2節(せつ))
 皆(みな)さんの気持(きも)ちが沈(しず)んでしまった時(とき)にも、ぜひ賛美歌(さんびか)のメロディーとその歌詞(かし)に耳(みみ)を傾(かたむ)けてみてください。賛美歌(さんびか)はなんの理由(りゆう)もなく神様(かみさま)をほめ歌(うた)ってはいません。神様(かみさま)は確(たし)かに賛美(さんび)されるにふさわしいお方(かた)です。だからこそ、世界中(せかいじゅう)のクリスチャンが数多(かずおお)くの賛美歌(さんびか)を作(つく)って、歌(うた)っているのです。
 そのような賛美歌(さんびか)が作(つく)られ、歌(うた)われる前(まえ)に、神様(かみさま)は私(わたし)たちクリスチャンのために大(おお)きな奇跡(きせき)を行(おこな)って、私(わたし)たちを救(すく)ってくださいました。私(わたし)たちは、「主(しゅ)は輝(かがや)かしくも勝利(しょうり)を収(おさ)められ」(1節(せつ))たことを実際(じっさい)に体験(たいけん)して知(し)ることができます。神様(かみさま)の救(すく)いを体験(たいけん)すると、私(わたし)たちの心(こころ)は高(たか)く引(ひ)き上(あ)げられ、自然(しぜん)と私(わたし)たちの口(くち)に神様(かみさま)への「ほめ歌(うた)」がわき上(あ)がってきます。
 私(わたし)たちが心(こころ)から感謝(かんしゃ)して賛美歌(さんびか)を歌(うた)う時(とき)、神様(かみさま)は私(わたし)たちの賛美歌(さんびか)を聴(き)いてくださいます。また、私(わたし)たちの周(まわ)りの人々(ひとびと)も賛美歌(さんびか)を聴(き)いて、私(わたし)たちの神様(かみさま)が賛美(さんび)にふさわしいお方(かた)であることを知(し)ることができます。確(たし)かに聖書(せいしょ)に記(しる)されている通(とお)り、私(わたし)たちの神様(かみさま)は「イスラエルの賛美(さんび)を住(す)まいとしておられます。」(詩篇(しへん)22:3)
 最後(さいご)にもう一度(いちど)、私(わたし)たちはイスラエル人(じん)の賛美歌(さんびか)に耳(みみ)を傾(かたむ)けましょう。「主(しゅ)よ。あなたの右(みぎ)の手(て)は力(ちから)に輝(かがや)く。」(6節(せつ))私(わたし)たちも神様(かみさま)の力強(ちからづよ)い御手(みて)に頼(たよ)り、神様(かみさま)の救(すく)いの御業(みわざ)を体験(たいけん)してまいりましょう。そして、神様(かみさま)に心(こころ)からの感謝(かんしゃ)を込(こ)めて賛美歌(さんびか)を歌(うた)っていきたいと思(おも)います。
(引用:聖書 新改訳 (c)1970,1978,2003 新日本聖書刊行会)