2021/07/04

2021年7月4日3分メッセージ



 マタイ6章9節をお読みします。
だから、あなたがたはこう祈りなさい、天にいますわれらの父よ、…


 イエス・キリストは祈りについて、いくつかの大切なポイントを教えられました。
 第一に、祈りは人に向けて祈るものではなく、神に向けて祈るものです。教会の集会では代表の祈りがなされることがあります。しかし、祈る時は人にどのように思われているだろうかと考えるべきではありません(マタイ6章5節)。
 しかし、神は確かに祈りを聞いておられます。ですから、祈る時は祈りを聞いておられる神を思い、正直な気持ちで神に訴えるように祈るべきです(マタイ6章6節)。
 第二に、神は私たちの天の父であり、私たちの祈りを親しく聞いておられます。祈りは、自分勝手な欲望を実現するための呪文ではありません。神は私たちの祈りの内容以上に、私たち自身のことに関心を持っておられます。もし私たちの心のうちに天の父である神ご自身を思う思いがなければ、祈りが聞かれるはずがありません(マタイ6章7節)。
 第三に、私たちは感謝の心をもって祈るべきです。祈りというものは自然にできるものではありません。むしろ助けを求める必死な思いから祈りは生まれてきます。キリストは、助けを求めて祈りたいと願う私たちのために「主の祈り」の言葉を教えられました(ルカ11章1節)。私たちの祈りを聞かれ、また私たちに祈りの言葉をも教えられた神に、感謝をもって祈りをささげましょう。

 ご一緒にお祈りいたしましょう。
 天の父なる神様。私たちは日々生きていく中で様々な助けを必要としています。その助けを与えてくださる神がおられること、また私たちの口に祈りの言葉を与え、私たちの祈りを聞いてくださることを心より感謝します。どうぞ今日も私たちの祈りを聞き届けてください。
 イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2021/07/01

2021年7月4日の聖書日課

(写真:ノアザミ)

列王記上8:27-30
 8:27 しかし神は、はたして地上に住まわれるでしょうか。見よ、天も、いと高き天もあなたをいれることはできません。ましてわたしの建てたこの宮はなおさらです。
 8:28 しかしわが神、主よ、しもべの祈と願いを顧みて、しもべがきょう、あなたの前にささげる叫びと祈をお聞きください。
 8:29 あなたが『わたしの名をそこに置く』と言われた所、すなわち、この宮に向かって夜昼あなたの目をお開きください。しもべがこの所に向かって祈る祈をお聞きください。
 8:30 しもべと、あなたの民イスラエルがこの所に向かって祈る時に、その願いをお聞きください。あなたのすみかである天で聞き、聞いておゆるしください。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)
 

2021/06/30

2021年6月20日(日) 献堂67周年記念礼拝

成尾輝和師
  今年は志村キリスト教会の献堂67周年です。昨年は教会員のみの記念礼拝でしたが、今年は2年ぶりに特別講師をインターネット(ZOOM)でお迎えしました。講師はいわきアッセンブリー教会の成尾輝和師、志村教会に11年前、成尾師が神学生として来会された以来のことです。

2021/06/27

2021年6月27日3分メッセージ



 マタイ6章20節をお読みします。
むしろ自分のため、虫も食わず、さびもつかず、また、盗人らが押し入って盗み出すこともない天に、宝をたくわえなさい。


 皆様にとっての宝とは何でしょうか。とても高価な財産であるかもしれませんし、高価でなくても自分にとって最高の満足を得られるものかもしれません。あるいは、大切な家族、友人だ、と言われる方もあると思います。
 イエス・キリストは宝についていくつかのことを教えています。宝は何であるにしても、「宝のある所には、心もある」(マタイ6章21節)と言っています。言わば宝とは、私たちが大切に思って自らの心を注ぎ出すものです。
 だからこそ、自らの心を守るためにも宝について慎重に考えるべきです。もし宝が失われてしまうなら、私たちの心も失われてしまい、人生の意味をも見失ってしまうこともありえます。ですから、キリストは「地上に宝をたくわえてはならない」と教えています(マタイ6章19節)。
 聖書の神は私たちの存在そのものを大切に思っておられます。そのために、私たちが日々生きるために必要なものを与えてくださいます。だから、キリストは「思いわずらうな」と語りかけています(マタイ6章25~33節)。この世の生活について思い煩うのではなく、神によって守られており、決して失われることのない天のもので心を満たしなさいという意味で、「天に宝をたくわえなさい」と教えているのです。皆様の日々の生活が聖書の神によって支えられますように。また皆様の心が天の恵みで満たされますように。

 ご一緒にお祈りいたしましょう。
 天の父なる神様。私たちの住む地上には様々な不安があります。しかし、失われていくものではなく、決して失われることのない、天の恵みに目を止めさせてください。私たちの心の目を明るくしてください(マタイ6章22節)。
 イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2021/06/21

2021年6月27日の聖書日課

(写真:ホオノキ)

マタイ6:19-24
 6:19 あなたがたは自分のために、虫が食い、さびがつき、また、盗人らが押し入って盗み出すような地上に、宝をたくわえてはならない。
 6:20 むしろ自分のため、虫も食わず、さびもつかず、また、盗人らが押し入って盗み出すこともない天に、宝をたくわえなさい。
 6:21 あなたの宝のある所には、心もあるからである。
 6:22 目はからだのあかりである。だから、あなたの目が澄んでおれば、全身も明るいだろう。
 6:23 しかし、あなたの目が悪ければ、全身も暗いだろう。だから、もしあなたの内なる光が暗ければ、その暗さは、どんなであろう。
 6:24 だれも、ふたりの主人に兼ね仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛し、あるいは、一方に親しんで他方をうとんじるからである。あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできない。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)
 

2021/06/20

2021年年6月20日3分メッセージ



 コリント第二8章9節をお読みします。
あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っている。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、あなたがたが、彼の貧しさによって富む者になるためである。


 イエス・キリストはいつも貧しい人々に寄り添っていました。しかし、キリストが主に行ったのは慈善活動ではなく、キリスト教の福音を告げることでした(ルカ7章22節)。
 キリストはこのように語りました。「あなたがた貧しい人たちは、さいわいだ。神の国はあなたがたのものである。」(ルカ6章20節)キリストがこの言葉で約束した「神の国」は地上の国ではなく(ヨハネ18章36節)、神のおられる天の国を意味します(マタイ5章3節)。キリストは「天に宝をたくわえよ」と教えています(マタイ6章20節)。
 私たちはキリストによって、天から注がれるあふれるばかりの恵みを受け取ることができます。しかし、そのためにキリストは天から降りてこの地上に来られました(ローマ10章6節)。キリスト自ら、私たちと同じような貧しい存在に成り下がったのです。そして、わたしたちが及びもつかないような高い天の恵みを、この地上において味わうことができるようにしてくださったのです。
 キリストの恵みを受け取る者は、決して心渇くことなく、永遠の潤いに満たされます(ヨハネ4章13~14節)。私たちもキリストの恵みに与り、天上の恵みを味わいたいと思います。

 ご一緒にお祈りいたしましょう。
 天の父なる神様。キリストは心の貧しい者に寄り添い、天からの恵みによって彼らの心を満たされました。私たちも、失われるこの世のものに目を留めるのではなく、決して失われることのない天の宝に目を留めて、キリストの恵みに満たされることができますように。
 イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2021/06/14

2021年6月20日の聖書日課

(写真:エゴノキ)

第二コリント8:1-9
 8:1 兄弟たちよ。わたしたちはここで、マケドニヤの諸教会に与えられた神の恵みを、あなたがたに知らせよう。
 8:2 すなわち、彼らは、患難のために激しい試錬をうけたが、その満ちあふれる喜びは、極度の貧しさにもかかわらず、あふれ出て惜しみなく施す富となったのである。
 8:3 わたしはあかしするが、彼らは力に応じて、否、力以上に施しをした。すなわち、自ら進んで、
 8:4 聖徒たちへの奉仕に加わる恵みにあずかりたいと、わたしたちに熱心に願い出て、
 8:5 わたしたちの希望どおりにしたばかりか、自分自身をまず、神のみこころにしたがって、主にささげ、また、わたしたちにもささげたのである。
 8:6 そこで、この募金をテトスがあなたがたの所で、すでに始めた以上、またそれを完成するようにと、わたしたちは彼に勧めたのである。
 8:7 さて、あなたがたがあらゆる事がらについて富んでいるように、すなわち、信仰にも言葉にも知識にも、あらゆる熱情にも、また、あなたがたに対するわたしたちの愛にも富んでいるように、この恵みのわざにも富んでほしい。
 8:8 こう言っても、わたしは命令するのではない。ただ、他の人たちの熱情によって、あなたがたの愛の純真さをためそうとするのである。
 8:9 あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っている。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、あなたがたが、彼の貧しさによって富む者になるためである。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)