(写真:ミツマタ)
マタイ27:38-44
27:38 同時に、ふたりの強盗がイエスと一緒に、ひとりは右に、ひとりは左に、十字架につけられた。
27:39 そこを通りかかった者たちは、頭を振りながら、イエスをののしって
27:40 言った、「神殿を打ちこわして三日のうちに建てる者よ。もし神の子なら、自分を救え。そして十字架からおりてこい」。
27:41 祭司長たちも同じように、律法学者、長老たちと一緒になって、嘲弄して言った、
27:42 「他人を救ったが、自分自身を救うことができない。あれがイスラエルの王なのだ。いま十字架からおりてみよ。そうしたら信じよう。
27:43 彼は神にたよっているが、神のおぼしめしがあれば、今、救ってもらうがよい。自分は神の子だと言っていたのだから」。
27:44 一緒に十字架につけられた強盗どもまでも、同じようにイエスをののしった。
(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)
2021/03/22
2021/03/21
2021年3月21日3分メッセージ
創世記25章31節、32節をお読みします。
ヤコブは言った、「まずあなたの長子の特権をわたしに売りなさい」。エサウは言った、「わたしは死にそうだ。長子の特権などわたしに何になろう」。
ヤコブとエサウは、信仰の父アブラハムの孫であり、アブラハムの子イサクの二人の息子です。ヤコブとエサウは双子ですが、体質や性格がまるで違いました。二人のうち、エサウが先に生まれて兄とみなされ、ヤコブは弟とみなされました(創世記25章24~26節)。
二人には生まれ持った違いがありましたが、それとは関係なく、その後の生涯を分けたのが「長子の特権」の取り引きの事件でした。
長子の特権とは、当時の社会の慣習上の権利であり、長男が家のすべてを相続することを意味します。それは本来、取り引きによって売り渡せるようなものではありませんが、ヤコブは大胆不敵にも一杯の食事と取引しようとしました。ところが、エサウは空腹に耐えかねて、長子の特権を売り渡す誓いをして、ヤコブから食事を得ました(創世記25章29~34節)。
エサウは目先の利益しか考えない人でした。一方、ヤコブは将来に対して希望を持っていましたが、彼の生き方は必ずしも正しいものではありませんでした。そのため、ヤコブは生涯にわたって神から試練を与えられていきます。しかし、ヤコブの生涯は聖書の神とともに歩む生涯でした。このヤコブに神は祝福を与えられました(詩篇24篇)。
「主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災を与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである。」(エレミヤ29章11節)神の祝福を求めて歩んでまいりましょう。
ご一緒にお祈りいたしましょう。
天の父なる神様。私たちは祝福を失う人生ではなく、祝福を得る人生を歩みたいと思います。どうぞ私たちの人生を正しく導いてくださり、神の祝福にふさわしい者へと私たちを作り変えてください。
イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。
(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)
2021/03/15
2021年3月21日の聖書日課
(写真:ビンカ)
創世記25:29-34
25:29 ある日ヤコブが、あつものを煮ていた時、エサウは飢え疲れて野から帰ってきた。
25:30 エサウはヤコブに言った、「わたしは飢え疲れた。お願いだ。赤いもの、その赤いものをわたしに食べさせてくれ」。彼が名をエドムと呼ばれたのはこのためである。
25:31 ヤコブは言った、「まずあなたの長子の特権をわたしに売りなさい」。
25:32 エサウは言った、「わたしは死にそうだ。長子の特権などわたしに何になろう」。
25:33 ヤコブはまた言った、「まずわたしに誓いなさい」。彼は誓って長子の特権をヤコブに売った。
25:34 そこでヤコブはパンとレンズ豆のあつものとをエサウに与えたので、彼は飲み食いして、立ち去った。このようにしてエサウは長子の特権を軽んじた。
(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)
創世記25:29-34
25:29 ある日ヤコブが、あつものを煮ていた時、エサウは飢え疲れて野から帰ってきた。
25:30 エサウはヤコブに言った、「わたしは飢え疲れた。お願いだ。赤いもの、その赤いものをわたしに食べさせてくれ」。彼が名をエドムと呼ばれたのはこのためである。
25:31 ヤコブは言った、「まずあなたの長子の特権をわたしに売りなさい」。
25:32 エサウは言った、「わたしは死にそうだ。長子の特権などわたしに何になろう」。
25:33 ヤコブはまた言った、「まずわたしに誓いなさい」。彼は誓って長子の特権をヤコブに売った。
25:34 そこでヤコブはパンとレンズ豆のあつものとをエサウに与えたので、彼は飲み食いして、立ち去った。このようにしてエサウは長子の特権を軽んじた。
(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)
2021/03/14
2021年3月14日3分メッセージ
出エジプト24章11節をお読みします。
神はイスラエルの人々の指導者たちを手にかけられなかったので、彼らは神を見て、飲み食いした。
私たちにとって食事は大変重要なことです。私たちは、生きるために食事するだけでなく、家族や様々な人々と一緒に食事する中でお互いの絆を深めることができます。一緒に食事ができないことは、私たちの絆が失われる危険があります。
聖書の民イスラエルは、食事(11節)を含む様々な儀式を行うことを通して、神との絆を深めました。出エジプト24章では具体的な儀式として、民のために神の言葉を書き記し、それを朗読して教えること(3節)、祭壇を築くこと(4節)、雄牛を生け贄とすること(5節)、生け贄の血を注ぎかけること(6節)などが行われました。すべての儀式は、民がそれを体験することで神との交わりをよく知ることができるために行われました。
今日の教会で行われるすべての行事も同じ意味があります。教会の行事に出席して、賛美歌を歌い、祈りを捧げ、聖書の御言葉の朗読に耳を傾けることで、私たちは聖書の神との交わりを深めることができます。すべての行事の意味がわからなくても、ぜひ教会の行事に身を任せて、体験してみてください。そうすれば聖書の神が私たちに近づいて、私たちの心に悟しを与えてくださいます。「神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいて下さるであろう。」(ヤコブ4章8節)
ご一緒にお祈りいたしましょう。
天の父なる神様。神様は教会の諸行事を私たちのために開いておられます。私たちが教会の諸行事に参加する時、御言葉の通り私たちに近づいてください。そして賛美を通して、祈りを通して、神様との交わりを深めることができますように。
イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。
(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)
2021/03/08
2021年3月14日の聖書日課
(写真:ヒメリュウキンカ)
出エジプト24:3-11
24:3 モーセはきて、主のすべての言葉と、すべてのおきてとを民に告げた。民はみな同音に答えて言った、「わたしたちは主の仰せられた言葉を皆、行います」。
24:4 そしてモーセは主の言葉を、ことごとく書きしるし、朝はやく起きて山のふもとに祭壇を築き、イスラエルの十二部族に従って十二の柱を建て、
24:5 イスラエルの人々のうちの若者たちをつかわして、主に燔祭をささげさせ、また酬恩祭として雄牛をささげさせた。
24:6その時モーセはその血の半ばを取って、鉢に入れ、また、その血の半ばを祭壇に注ぎかけた。
24:7 そして契約の書を取って、これを民に読み聞かせた。すると、彼らは答えて言った、「わたしたちは主が仰せられたことを皆、従順に行います」。
24:8 そこでモーセはその血を取って、民に注ぎかけ、そして言った、「見よ、これは主がこれらのすべての言葉に基いて、あなたがたと結ばれる契約の血である」。
24:9 こうしてモーセはアロン、ナダブ、アビウおよびイスラエルの七十人の長老たちと共にのぼって行った。
24:10 そして、彼らがイスラエルの神を見ると、その足の下にはサファイアの敷石のごとき物があり、澄み渡るおおぞらのようであった。
24:11 神はイスラエルの人々の指導者たちを手にかけられなかったので、彼らは神を見て、飲み食いした。
(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)
出エジプト24:3-11
24:3 モーセはきて、主のすべての言葉と、すべてのおきてとを民に告げた。民はみな同音に答えて言った、「わたしたちは主の仰せられた言葉を皆、行います」。
24:4 そしてモーセは主の言葉を、ことごとく書きしるし、朝はやく起きて山のふもとに祭壇を築き、イスラエルの十二部族に従って十二の柱を建て、
24:5 イスラエルの人々のうちの若者たちをつかわして、主に燔祭をささげさせ、また酬恩祭として雄牛をささげさせた。
24:6その時モーセはその血の半ばを取って、鉢に入れ、また、その血の半ばを祭壇に注ぎかけた。
24:7 そして契約の書を取って、これを民に読み聞かせた。すると、彼らは答えて言った、「わたしたちは主が仰せられたことを皆、従順に行います」。
24:8 そこでモーセはその血を取って、民に注ぎかけ、そして言った、「見よ、これは主がこれらのすべての言葉に基いて、あなたがたと結ばれる契約の血である」。
24:9 こうしてモーセはアロン、ナダブ、アビウおよびイスラエルの七十人の長老たちと共にのぼって行った。
24:10 そして、彼らがイスラエルの神を見ると、その足の下にはサファイアの敷石のごとき物があり、澄み渡るおおぞらのようであった。
24:11 神はイスラエルの人々の指導者たちを手にかけられなかったので、彼らは神を見て、飲み食いした。
(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)
2021/03/07
2021年3月7日3分メッセージ
ペテロ第一4章16節をお読みします。
しかし、クリスチャンとして苦しみを受けるのであれば、恥じることはない。かえって、この名によって神をあがめなさい。
「クリスチャン」または「キリスト者」という言葉は、初めはクリスチャンが自ら名乗った言葉ではなく、クリスチャンではない人々から呼ばれるようになった言葉です(使徒11章26節)。
最初の時代、クリスチャンは多くはなく、クリスチャンであることが世の中で有利に働くことはありませんでした。かえってクリスチャンであることで厳しい迫害に遭うことがありました。日本でも、キリシタンの名のもとに同じことが起こりました。
クリスチャンや教会が世の中で特別に有利に働くことがあったのは、歴史的にも地域的にもごく限られた中だけのことです。人類の歴史の中で、また世界中における多くの場合では、クリスチャンはその信仰のゆえに苦しみを受けました。今の時代に生きる私たちもクリスチャンであるために苦しみを受けるなら、世界中の圧倒的多数のクリスチャンと同じ体験をしていることになります。
そして、信仰の苦しみは最初に、イエス・キリストご自身が受けられました(ヨハネ15章18節)。キリストは私たちの苦しみを知っておられます。だから喜びなさい、と聖書は語っています(ペテロ第一4章13節)。
聖書は、苦しんでいるクリスチャンに神の霊が宿ると約束しています(ペテロ第一4章14節)。神は確かに苦しむ者に聖霊を送って救ってくださいます。救いの神に私たちのすべてを、私たちのたましいをおゆだねしましょう(ペテロ第一4章19節)。
ご一緒にお祈りいたしましょう。
天の父なる神様。私たちがこの世で生きる中で、いわれのない苦しみを味わうことがあります。しかし、この苦しみは誰も経験したことのないものではないと知りました。キリストも同じ苦しみを味わわれました。どうぞ私たちに聖霊をお送りくださり、私たちを苦しみの中から救い出してください。
イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。
(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)
2021/03/04
2021年3月4日(木) 春の到来
気温がだいぶ上がり、教会のアーモンドの花が一斉に咲き始めました。教会活動が特別体制になってほぼ一年が過ぎましたが、日曜日の主日礼拝(10:30~11:30)と木曜日の祈祷会(14:00~15:00)を継続して行っています。皆様におかれましても、毎日の生活が支えられ、守られますようにお祈りいたします。
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