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2026/09/01

御霊の実(5)寛容

「キリスト・イエスが、まずわたしに対して限りない寛容を示し…」(テモテ第一1:16)

 御霊が与える「寛容」とは、単に我慢することに留まらず、最後まで耐え忍んで目標に達する力を意味します(マタイ24:13)。聖書の神はこの寛容により、人々が悔い改めることを忍耐して待っておられます(ペテロ第二3:9)。
 寛容には、御霊の実である愛とともに喜びが伴います(コロサイ1:11)。また、寛容に必須の忍耐は患難から生まれます(ローマ5:3)。そのため、神は神の子どもたちに寛容を得させるため、患難を訓練として与えられます(ヘブル12:2-7)。「すべての訓練は、当座は、喜ばしいものとは思われず、むしろ悲しいものと思われる。しかし後になれば、それによって鍛えられる者に、平安な義の実を結ばせるようになる。」(ヘブル12:11)
 キリストは弟子たちのためにこう祈りました。「わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、彼らを悪しき者から守って下さることであります。」(ヨハネ17:15)この世の患難に耐えることができるように、神は私たちに寛容を与えてくださいます。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2026/08/01

御霊の実(4)平和

「平和の神が、あなたがたと共にいますであろう。」(ピリピ4:9)

 聖書の原語では「平和」と「平安」は同じ言葉です。キリストは「わたしの平安をあなたがたに与える。わたしが与えるのは、世が与えるようなものとは異なる」(ヨハネ14:27)と言われました。世が与える平和は表面的であり、安定していません(イザヤ57:20-21)。一方、「霊の思いは、いのちと平安とである」(ローマ8:6)とあります。キリストは十字架を目の前にして「今わたしは心が騒いでいる」(ヨハネ12:27)と言われましたが、ゲツセマネの園での祈りを経て(ヨハネ18章)、「すべてが終った」と言われて十字架を受け入れられました(ヨハネ19章)。世の平和は、心の平和から始まります(ピリピ4:4-7)。「平和の君」(イザヤ9:6)なるキリストに平和を祈り求めましょう。「平和の神」の子どもとして、「平和をつくり出す人」(マタイ5:9)となりましょう。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2026/07/03

御霊の実(3)喜び

「わたしがこれらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたのうちにも宿るため、また、あなたがたの喜びが満ちあふれるためである。」(ヨハネ15:11)

 御霊は喜びをも与えると約束しています。それはイエス・キリストが約束された喜びでもあります(ヨハネ15:11)。キリストは、信じる者に御霊が「川となって流れ出る」ようになると言われました(ヨハネ7:37-39)。「わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう」(ヨハネ4:14)。御霊の喜びは、この世の様々な趣味、快楽と異なり、決して尽きることがありません(伝道2:1-11)。神の御霊が注がれるところに、御霊の喜びも満ちあふれます。その通り、初代教会の「弟子たちは、ますます喜びと聖霊とに満たされていた」(使徒13:52)と証しされています。キリストの弟子であるクリスチャンは、いつの時代にも様々な困難に直面しました。それにも関わらず彼らは「主によって楽しみ、わが救の神によって喜ぶ」(ハバクク3:18)と告白することができました。「主なる神はわたしの力であって、わたしの足を雌じかの足のようにし、わたしに高い所を歩ませられる。」(ハバクク3:19)

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2026/06/01

御霊の実(2)愛

「愛する者たちよ。わたしたちは互に愛し合おうではないか。愛は、神から出たものなのである。」(ヨハネ第一4:7)

 愛は、御霊の実の第一に挙げられるものです。いつまでも存続するものの中でも、「最も大いなるものは、愛である」(コリント第一13:13)と言われています。
 キリストは愛について多く教えています。「敵を愛し、迫害する者のために祈れ。」(マタイ5:44)「求める者には与え、借りようとする者を断るな。」(マタイ5:42)天から注がれる神の愛は、自分の利益を求めず、敵をも愛し、他者に与える愛です(コリント第一13:5)。
 私たち人間の愛は長続きしません(黙示録2:4)。「ボアネルゲ、すなわち、雷の子」(マルコ3:17)と呼ばれた使徒ヨハネも、師であるキリストのみ胸に近くにとどまり(ヨハネ13:23)、愛することについて学びました。「ここに愛がある。」(ヨハネ第一4:10)私たちも神の愛にならう者となりましょう。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2026/05/01

御霊の実(1)御霊から生じる

「御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、柔和、自制であって、これらを否定する律法はない。」(ガラテヤ5:22-23)

 イエス・キリストは、彼に従う弟子たちが実を結ぶようになると約束しました(ヨハネ15:5)。その実のうちには「御霊の実」(ガラテヤ5:22-23)も含まれます。
 また、キリストは人が実によって見分けられることを示し、「良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ」(マタイ7:17)と言いました。良い実を結ぶためにも、人は良いものによって養われる必要があります。キリストは人を養うため「わたしにつながっていなさい」(ヨハネ15:4)と命じました。
 キリストは御霊を与えてくださり(ヨハネ15:26)、私たちは「霊から永遠のいのちを刈り取る」(ガラテヤ6:8)ことができます。御霊の実は人の手で作り出すことができません。それは天の恵みであり、キリストという良い幹に接ぎ木されてこそ得られる実りです(ローマ11:17)。
 ですから、私たちは良い実を得ることができるために、「御霊によって進もう」(ガラテヤ5:25)ではありませんか。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)