2020/12/20

2020年12月20日3分メッセージ



 ミカ5章2節をお読みします。
しかしベツレヘム・エフラタよ、あなたはユダの氏族のうちで小さい者だが、イスラエルを治める者があなたのうちからわたしのために出る。その出るのは昔から、いにしえの日からである。

 イエス・キリストがクリスマスの夜に生まれた後、イスラエルよりはるか東の国から博士たちが長い旅をしてイスラエルの都、エルサレムにやって来ました。その話を聞いたイスラエルの王様、ヘロデはキリストの居場所を調べさせたところ、預言書のミカ書に記されている通りユダヤのベツレヘムにいることを突き止めました(マタイ2章1~6節)。
 イスラエルを治めるべきキリストは大都会に生まれたのではありませんでした。その生まれの地、ベツレヘムはイスラエルの町々の中でも小さな町でした。また、キリストは王様の住む王宮に生まれたのでもありませんでした。キリストは貧しい大工の息子として、さらには旅の途中の家畜小屋で生まれたのでした(ルカ2章1~7節)。
 神によって特別に選ばれた民、イスラエルの人々のほとんどはキリストが生まれたことに気づきませんでした。しかし、イスラエルから遠く離れていた外国人である東の博士たち、また町の外で野宿をしていた羊飼いたちがキリストの誕生を知って、会いに出かけていき、そしてキリストに出会うことができました。
 クリスマスはあなたに天からの祝福と平和を与えるために、イエス・キリストが誕生されたことを知らせています(ミカ5章5節)。このクリスマスの知らせを聞かれた皆様に天からの祝福がありますようにお祈りさせていただきます。

 ご一緒にお祈りいたしましょう。
 天の父なる神様。今年もクリスマスの季節がやってまいりました。クリスマスは、イエス・キリストが私たちに平和を与えるために誕生されたことを知らせています。私たちもクリスマスのお祝いとともに、天からの祝福と平和を味わうことができますように。今年も天からの祝福に満たされたクリスマスを過ごすことができますように。
 イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2020/12/17

愛し励まして下さる神様(日高佐和子)



愛し励まして下さる神様  志村キリスト教会 日高佐和子

 私が教会に通い始めたのは16年前、63才の時でした。それより前に、私は小学生の頃、しばらく教会の日曜学校に通っていましたが、中学生になると行かなくなり、以後長い間教会から離れていました。
 結婚して息子二人と娘一人を授かり、忙しい日々を過ごしました。そして10代の娘を置き去りにして、京都の田舎に住んでいた両親の遠距離介護に明け暮れることとなり、娘の気持に気付けませんでした。最も母親を必要としたであろう思春期に殆ど放っておかれた娘は、20代早々うつ状態に沈み、ようやく気付いた私も共にトンネルの暗闇の中で涙に暮れることとなりました。
 そんな私達母娘を神様、イエス様は光の中へと引張り出して下さったのです。教会へ通い始めた私は、すぐに「聖書は面白い!これは生涯学び続けたい!」と、思いました。聖書には“人とはどういうものか”が克明に描かれていて、“その人間を、万物を造られた神様とは?”、“神の子なるイエス・キリストとは?その教えは?”など、学ぶ程に尽きない興味が湧いて来ます。
 それから紆余曲折はありましたが、二人で教会に通ううち、娘の心にもイエス様はしっかり入って下さり、共に再出発することが出来たのです。今、娘は結婚して仕事を頑張っており、私は礼拝、祈祷会、クリスチャンの様々な集会に行くことが楽しくてなりません。
 聖書の教えは究極のプラス思考の教えだと思います。イエス様の十字架はプラス印なのですから。“あすのための心配は無用です。”(マタイの福音書6章34節)、“私の目にはあなたは高価で尊い。私はあなたを愛している”(イザヤ書43章4節)と言って下さる神様がおられるとは何と嬉しいことでしょう!
 現在、競争社会に於て生き難さに悩む人も多いと思います。神の愛を知り、イエス様が共に歩んで下さることを信じることが出来れば、生きる勇気が得られるのではないでしょうか。キリストの教えの素晴らしさをお伝えしたいものと思う次第です。

2020/12/14

2020年12月20日の聖書日課

(写真:ポインセチア)

ミカ5:1-3
 5:1 今あなたは壁でとりまかれている。
敵はわれわれを攻め囲み、
つえをもってイスラエルのつかさのほおを撃つ。
 5:2 しかしベツレヘム・エフラタよ、
あなたはユダの氏族のうちで小さい者だが、
イスラエルを治める者があなたのうちから
わたしのために出る。
その出るのは昔から、いにしえの日からである。
 5:3 それゆえ、産婦の産みおとす時まで、
主は彼らを渡しおかれる。
その後その兄弟たちの残れる者は
イスラエルの子らのもとに帰る。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2020/12/13

2020年12月13日3分メッセージ



 ピリピ4章6節、7節をお読みします。
何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう。

 聖書は多くの所で「恐れてはならない」(創世記15章1節)、「心配するな」(マルコ13章11節)と私たちに語りかけています。
 私たちはいろいろな物事のために恐れたり、心配することがあります。あるいは、心の恐れや心配を隠して、まるでそうではないかのように振舞うことがあります。また、他人から「心配するな」と言われたから心配しなくなるとも限りません。
 聖書が語りかける「恐れるな」という言葉には、必ず根拠があります。ピリピ書の「思い煩うな」という言葉の根拠は「神への祈り」にかかっています。
 聖書の教える「祈り」とは、呪文や自己暗示のようなものとは違います。それは聖書の神に対する切実な訴えです。聖書の神は私たちの祈りを聞いてくださるお方です(詩篇77篇1節)。ですから、「事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ」なさいと勧められているのです。
 神が私たちの祈りを確かに聞いておられることを知ることができます。それは、神に祈りを捧げるなら、「人知を超えた神の平安」が与えられます。しかし、祈りの答えがすぐに与えられるとは限りません。神の最善の時に祈りの答えが与えられることを信じ、平安な気持ちになるまで祈り続けることが、祈りの秘訣です。

 皆様の心から思い煩いから消え去りますようにお祈りさせていただきます。
 天の父なる神様。聖書は「思い煩うな」と私たちに語りかけます。全知全能の神様にすべてをお任せすることができるよう、私たちから思い煩う心を取り去ってくださり、代わりに平安な心を与えてください。
 イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2020/12/07

2020年12月13日の聖書日課

(写真:ヒメツルソバ)

ピリピ4:4-9
 4:4 あなたがたは、主にあっていつも喜びなさい。繰り返して言うが、喜びなさい。
 4:5 あなたがたの寛容を、みんなの人に示しなさい。主は近い。
 4:6 何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。
 4:7 そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう。
 4:8 最後に、兄弟たちよ。すべて真実なこと、すべて尊ぶべきこと、すべて正しいこと、すべて純真なこと、すべて愛すべきこと、すべてほまれあること、また徳といわれるもの、称賛に値するものがあれば、それらのものを心にとめなさい。
 4:9 あなたがたが、わたしから学んだこと、受けたこと、聞いたこと、見たことは、これを実行しなさい。そうすれば、平和の神が、あなたがたと共にいますであろう。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2020/12/06

2020年12月6日3分メッセージ



 イザヤ59章16節をお読みします。
主は人のないのを見られ、仲に立つ者のないのをあやしまれた。それゆえ、ご自分のかいなをもって、勝利を得、その義をもって、おのれをささえられた。

 イザヤを始めとする聖書の預言者は、神からメッセージを受け取って人々に伝える、神の代言者です。しかし、預言者も私たちと同じ人間であり、人間としての限界があり、弱さを抱えながら、人の心を持つものとして神のメッセージを受け取りました(ヤコブ5章17節)。
 預言者は神と人とをつなぐ架け橋となりました。預言者は人の代表者として神のメッセージを受け取り、それを人々が理解できるように巧みに言葉で表現しました。
 預言者イザヤがこの聖句で伝えたこと、それは神が探し求めている人が見当たらないということでした。神が探し求めたのは、この地上で正義や公平を守り行う人でした(イザヤ59章4節)。
 光がなければ何も見えないように、私たちは正しさを示す基準がなければ正しい判断をすることができません。そのような迷いの中にたたずむ私たち人類のため、神は自ら正義を示され、私たちの世界を、人生を正しく導かれます。
 神は私たちの世界に光を与えてくださいます(イザヤ60章2節)。新しい年、私たちは神の光に照らされて、迷うことなく正しい道を歩んでまいりましょう。

 ご一緒にお祈りいたしましょう。
 天の父なる神様。私たちは人生を正しく歩むために光を必要としています。どうぞ私たちの行くべき道に光を照らし、新しい道を開いてください。私たちが道から足を踏み外すことのないように、私たちの歩みを支えてください。
 イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2020/12/03

長谷川家の信仰の証

(写真:長谷川町子記念館前の町子像)

 「サザエさん」の作者、長谷川町子は、鹿児島出身の両親の元、1920(大正9)年1月30日、佐賀県の東多久村(現・多久市)に生まれました。
 一家で福岡県福岡市に引っ越した後、父が結核で病に伏せるようになりました。そのことがきっかけとなり、母が聖公会の教会の門をたたき、両親と娘3人、一家5人で洗礼を受けました。父は死の直前に信仰の新境地に立つことができました。

父は、母や私たちを呼んで喜びに顔を輝かせながら「神様が何もかも最善にしてくださる、何も心配することはない。お父さんも、もうこれですっかり安心した」と繰り返し言って聞かせました。(『長谷川町子思い出記念館』p56)

 1933(昭和8)年、父の召天後、一家は母の実兄である岩切重雄(国会議員、鹿児島市長を歴任)を頼って上京しました。母は既に漫画を物にしていた町子を促し、「のらくろ」作者の田河水泡に弟子入りさせました。しかし、実家に戻りたがった町子は「教会に通うため日曜日に帰宅したい」と願いました。ところが、田河家の隣が教会(日本基督教団荻窪教会)であり、田河夫妻と毎週通うことになりました。後に田河夫妻は洗礼を受けました(妻の高見澤潤子は荻窪教会長老、『信徒の友』編集長委員長等を歴任)。
 戦争が激しくなり、一家は疎開のため再び福岡に引っ越し、町子は福岡の地方新聞に『サザエさん』の連載を始めました。サザエさんの登場人物名は、自宅近く(福岡市西新、西南学院の近く)の海岸である百道浜で考案されました。
 戦後、一家は再び上京し、世田谷に居を構えました。『サザエさん』の成功で多忙になった後、町子は母と妹と一緒に矢内原忠雄が指導する無教会集会(今井館聖書講堂、目黒区中根)に出席するようになりました。
 生前の長谷川町子は人前に出ることは多くありませんでしたが、少ない機会において自らの信仰を表現しました。芸術家としての個性的な信仰の証に、私たち自身の信仰の証のあり方のヒントを得られるのではないでしょうか。

うちの家庭は信仰がないと生きていかれないんですもの。神様を認めないで生きていけない。物質生活が最上のものでなくて、精神生活が人生を向上させるものだ。いつもそう教え込まれて育ってきましたから。(『長谷川町子思い出記念館』p147)

引用資料:長谷川町子著『長谷川町子思い出記念館』朝日新聞出版