2020/02/09

2020年2月9日3分メッセージ


 詩篇125篇4節、5節をお読みします。
主よ、善良な人と、心の正しい人とに、さいわいを施してください。しかし転じて自分の曲った道に入る者を主は、悪を行う者と共に去らせられる。イスラエルの上に平安があるように。

 詩篇125篇は、神の選民イスラエルの都、エルサレムで行われる祭りで歌われた賛美歌です。彼らは自らが山々のように動かされず、安泰であることを神に感謝して歌っています(詩篇125篇1節)。
 しかし、イスラエルは国家的な動揺を経験していない訳ではありません。彼らは他国に攻め入られることも度々経験し、バビロニア王国に打ち負かされて捕囚の憂き目に遭ったこともあります。
 イスラエルはその事実を自らの落ち度によるものとして回想しています。「主は、悪を行う者と共に去らせられる。」(詩篇125篇5節)そして二度と「悪しき者のつえ」(詩篇125篇3節)を握って、不正に手を染めないことを誓ってこの詩篇の言葉を歌っているのです。
 イスラエルは、何もせずに平和を得ることはできないことをその身で知っています。彼らは神の奇跡によって帰国することができ(イザヤ35章10節)、再びエルサレムに集まって祭りを行うことができるようになりました。イスラエルの神、聖書の神は平和をつくり出す神であり、神の民は平和を祈り求めているのです(詩篇125篇5節)。

 私たちも平和を求めてご一緒にお祈りいたしましょう。
 天の父なる神様。聖書は私たちに教えています。「主に信頼する者は、動かされることがない。」どうか私たちの心に揺るぐことのない平安を、日本に、また世界にあなたがつくり出される平和を与えて下さい。
 イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2020/02/02

2020年2月9日の聖書日課

(写真:クリスマスローズ)

詩篇125篇 都もうでの歌
 125:1 主に信頼する者は、動かされることなくて、
とこしえにあるシオンの山のようである。
 125:2 山々がエルサレムを囲んでいるように、
主は今からとこしえにその民を囲まれる。
 125:3 これは悪しき者のつえが
正しい者の所領にとどまることなく、
正しい者がその手を
不義に伸べることのないためである。
 125:4 主よ、善良な人と、
心の正しい人とに、さいわいを施してください。
 125:5 しかし転じて自分の曲った道に入る者を
主は、悪を行う者と共に去らせられる。
イスラエルの上に平安があるように。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2020年2月2日3分メッセージ


 ヨハネ2章13節から17節までをお読みします。
さて、ユダヤ人の過越の祭が近づいたので、イエスはエルサレムに上られた。そして牛、羊、はとを売る者や両替する者などが宮の庭にすわり込んでいるのをごらんになって、なわでむちを造り、羊も牛もみな宮から追いだし、両替人の金を散らし、その台をひっくりかえし、はとを売る人々には「これらのものを持って、ここから出て行け。わたしの父の家を商売の家とするな」と言われた。弟子たちは、「あなたの家を思う熱心が、わたしを食いつくすであろう」と書いてあることを思い出した。

 イエス・キリストは礼拝のために神の宮に上りました。そこでキリストは、礼拝の雰囲気にそぐわない商売の騒がしさを見て、怒って商売人たちを宮から追い出しました。
 このようなキリストの激しい姿を意外に思われるかも知れません。しかし、聖書は神が愛であることを語っている(第一ヨハネ4章8節)と同じく、神は怒って悪を裁く方であることも語っています(詩篇7篇11節)。
 神は愛であることと、神は正義であることは、決して矛盾することではありません。神はえこひいきすることなく、正しい道筋を通して人を愛されます(ローマ2章11節)。また神は愛するがために、人に試練を与えて正しい生き方に立ち戻らせようと仕向けられます(ヘブル12章6節)。
 神の宮の風紀を正したキリストを見て、弟子たちは聖書の言葉、「神(あなた)の宮を思う熱心」をキリストの姿に見ました。キリストの熱心は神を愛する熱い思いに裏打ちされたものでした。私たちもキリストの姿から、愛に満ちた熱い心と、聖書に基づいた正しい知識を身に着けていきたいと思います。

 お祈りいたしましょう。
 天の父なる神様。イエス・キリストの言葉と行動、そして心の熱い思いにならうことができますように。神の愛と神の正しさ、その両方に学んでいくことができますように。
 イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2020年2月2日の聖書日課

(写真:ウメ)

ヨハネ2:13-22
 2:13 さて、ユダヤ人の過越の祭が近づいたので、イエスはエルサレムに上られた。
 2:14 そして牛、羊、はとを売る者や両替する者などが宮の庭にすわり込んでいるのをごらんになって、
 2:15 なわでむちを造り、羊も牛もみな宮から追いだし、両替人の金を散らし、その台をひっくりかえし、
 2:16 はとを売る人々には「これらのものを持って、ここから出て行け。わたしの父の家を商売の家とするな」と言われた。
 2:17 弟子たちは、「あなたの家を思う熱心が、わたしを食いつくすであろう」と書いてあることを思い出した。
 2:18 そこで、ユダヤ人はイエスに言った、「こんなことをするからには、どんなしるしをわたしたちに見せてくれますか」。
 2:19 イエスは彼らに答えて言われた、「この神殿をこわしたら、わたしは三日のうちに、それを起すであろう」。
 2:20 そこで、ユダヤ人たちは言った、「この神殿を建てるのには、四十六年もかかっています。それだのに、あなたは三日のうちに、それを建てるのですか」。
 2:21 イエスは自分のからだである神殿のことを言われたのである。
 2:22 それで、イエスが死人の中からよみがえったとき、弟子たちはイエスがこう言われたことを思い出して、聖書とイエスのこの言葉とを信じた。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2020/02/01

【集会中止】2020年4月12日(日) イースター礼拝


4月12日(日)は、イエス・キリストの
死からの復活を祝うイースターです。
今回は政府の緊急事態宣言を受けて、
教会での集会は中止いたします。
ご自宅にてイースターをお祝いされますよう
ご案内させていただきます。

2020/01/27

2020年1月26日3分メッセージ


 出エジプト記33章11節をお読みします。
人がその友と語るように、主はモーセと顔を合わせて語られた。

 聖書の神は、人が顔を合わせるように直接見ることはできません(出エジプト33章20節)。そのため、モーセの十戒も神の像を造ることを禁じています(出エジプト20章4節)。しかし、イスラエルの救世主として選ばれ、神の特別な恵みを得ていたモーセは(出エジプト33章12節)、神と顔を合わせて語ったと言われています。
 この「神と顔を合わせて語った」という意味は、モーセが友達と語らうように、神の話を聞き、神に話を聞いてもらった、ということです。その結果、モーセが願い求めたことを神は聞かれ、モーセを通して偉大な奇跡が行われました。
 モーセは必ずしも欠点のない人物ではありませんでした。イスラエルを救いたいと願うあまり人殺しまで犯し、エジプトの王に命を狙われる身となった者でした(出エジプト2章)。ただし、モーセは自分の欠点を認め、神の救いにすがる者でした。それだからこそ、モーセは自分を犠牲にしてでも、同じ弱さを抱えるイスラエルをかばう祈りをしました(出エジプト32章32節)。
 私たちもモーセにならって、神に聞き届けられる祈りをしたいものです。そのためには、自分の願いだけではなく、神が何を願われるのか、神の御心にかなう良い願いを持つことが必要です。聖書に学び、神の御心について知る者となりたいと思います。

 お祈りいたしましょう。
 天の父なる神様。あなたはモーセの祈りを聞かれ、神の御力による大きな奇跡を行われました。私たちもモーセの謙遜にならいつつ、神の御心にかなった願いを持つ者となることができますように。
 イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。
(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2020/01/19

2020年1月26日の聖書日課

(写真:ロウバイ)

出エジプト33:12-17
 33:12 モーセは主に言った、「ごらんください。あなたは『この民を導きのぼれ』とわたしに言いながら、わたしと一緒につかわされる者を知らせてくださいません。しかも、あなたはかつて『わたしはお前を選んだ。お前はまたわたしの前に恵みを得た』と仰せになりました。
 33:13 それで今、わたしがもし、あなたの前に恵みを得ますならば、どうか、あなたの道を示し、あなたをわたしに知らせ、あなたの前に恵みを得させてください。また、この国民があなたの民であることを覚えてください」。
 33:14 主は言われた「わたし自身が一緒に行くであろう。そしてあなたに安息を与えるであろう」。
 33:15 モーセは主に言った「もしあなた自身が一緒に行かれないならば、わたしたちをここからのぼらせないでください。
 33:16 わたしとあなたの民とが、あなたの前に恵みを得ることは、何によって知られましょうか。それはあなたがわたしたちと一緒に行かれて、わたしとあなたの民とが、地の面にある諸民と異なるものになるからではありませんか」。
 33:17 主はモーセに言われた、「あなたはわたしの前に恵みを得、またわたしは名をもってあなたを知るから、あなたの言ったこの事をもするであろう」。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)