「キリスト・イエスが、まずわたしに対して限りない寛容を示し…」(テモテ第一1:16)
御霊が与える「寛容」とは、単に我慢することに留まらず、最後まで耐え忍んで目標に達する力を意味します(マタイ24:13)。聖書の神はこの寛容により、人々が悔い改めることを忍耐して待っておられます(ペテロ第二3:9)。
寛容には、御霊の実である愛とともに喜びが伴います(コロサイ1:11)。また、寛容に必須の忍耐は患難から生まれます(ローマ5:3)。そのため、神は神の子どもたちに寛容を得させるため、患難を訓練として与えられます(ヘブル12:2-7)。「すべての訓練は、当座は、喜ばしいものとは思われず、むしろ悲しいものと思われる。しかし後になれば、それによって鍛えられる者に、平安な義の実を結ばせるようになる。」(ヘブル12:11)
キリストは弟子たちのためにこう祈りました。「わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、彼らを悪しき者から守って下さることであります。」(ヨハネ17:15)この世の患難に耐えることができるように、神は私たちに寛容を与えてくださいます。
(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)