「平和の神が、あなたがたと共にいますであろう。」(ピリピ4:9)
聖書の原語では「平和」と「平安」は同じ言葉です。キリストは「わたしの平安をあなたがたに与える。わたしが与えるのは、世が与えるようなものとは異なる」(ヨハネ14:27)と言われました。世が与える平和は表面的であり、安定していません(イザヤ57:20-21)。一方、「霊の思いは、いのちと平安とである」(ローマ8:6)とあります。キリストは十字架を目の前にして「今わたしは心が騒いでいる」(ヨハネ12:27)と言われましたが、ゲツセマネの園での祈りを経て(ヨハネ18章)、「すべてが終った」と言われて十字架を受け入れられました(ヨハネ19章)。世の平和は、心の平和から始まります(ピリピ4:4-7)。「平和の君」(イザヤ9:6)なるキリストに平和を祈り求めましょう。「平和の神」の子どもとして、「平和をつくり出す人」(マタイ5:9)となりましょう。
(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)