2023/02/19

讃美歌21・465「神ともにいまして」

1)神ともにいまして ゆく道を守り
日ごとの糧もて つねに支えたまえ
(くりかえし)
また会う日まで また会う日まで
神のめぐみ 絶えせず共にあれ

2)荒れ野をゆく時も あらし吹く時も
ゆくてを示して 導きたまえ 主よ
(くりかえし)

3)み国に入(い)る日まで
いつくしみ広き
み翼のかげに はぐくみたまえ 主よ
(くりかえし)

アーメン

出典:日本キリスト教団出版局『讃美歌21』(インターネット配信について

2023/02/13

2023年2月19日の聖書日課

(写真:イチゴ)

ルカ9:10-17
 9:10 使徒たちは帰ってきて、自分たちのしたことをすべてイエスに話した。それからイエスは彼らを連れて、ベツサイダという町へひそかに退かれた。
 9:11 ところが群衆がそれと知って、ついてきたので、これを迎えて神の国のことを語り聞かせ、また治療を要する人たちをいやされた。
 9:12 それから日が傾きかけたので、十二弟子がイエスのもとにきて言った、「群衆を解散して、まわりの村々や部落へ行って宿を取り、食物を手にいれるようにさせてください。わたしたちはこんな寂しい所にきているのですから」。
 9:13 しかしイエスは言われた、「あなたがたの手で食物をやりなさい」。彼らは言った、「わたしたちにはパン五つと魚二ひきしかありません、この大ぜいの人のために食物を買いに行くかしなければ」。
 9:14 というのは、男が五千人ばかりもいたからである。しかしイエスは弟子たちに言われた、「人々をおおよそ五十人ずつの組にして、すわらせなさい」。
 9:15 彼らはそのとおりにして、みんなをすわらせた。
 9:16 イエスは五つのパンと二ひきの魚とを手に取り、天を仰いでそれを祝福してさき、弟子たちにわたして群衆に配らせた。
 9:17 みんなの者は食べて満腹した。そして、その余りくずを集めたら、十二かごあった。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2023/02/12

2023年2月12日3分メッセージ



 使徒3章5節、6節をお読みします。
彼は何かもらえるのだろうと期待して、ふたりに注目していると、ペテロが言った、「金銀はわたしには無い。しかし、わたしにあるものをあげよう。ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい」。

 キリストの使徒であるペテロとヨハネは、祈りをささげるためにエルサレムの神殿(宮)に行きました。すると、入口の門のところで一人の男性から施しを求められました。すると、使徒たちはその返事として「わたしたちを見なさい」とその男性に言いました(使徒3章1~4節)。
 この男性が期待していたのは施しであり、金銀か何か金目の物を使徒たちからもらうことでした。一方、ペテロは始めから金銀を与えるつもりはありませんでした。いやむしろ、金銀よりももっと値打ちのあるものと信じる、「イエス・キリストの名」から出るものでした。それにも関わらず、施しを求めた男性は幸いなことにそれを受け取ることができました。彼は生れながら足のきかない人でしたが(使徒3章2節)、足が「立ちどころに強くなって、 踊りあがって立ち」上がり、喜んで神をさんびしました(使徒3章7~8節)。
 ペテロにはキリストを伝えたいという願いがありました。一方、施しを求めた男性には、金銀に等しい高価な、何物かをもらえるのだろうという期待がありました。この願いと期待が一つとなって、このような奇跡が起きたと考えられます。
 ペテロはこの後すぐにこのように言っています。「わたしたちを救いうる名は、これ(すなわち、キリストの名前)を別にしては、天下のだれにも与えられていない」(使徒4章12節)。私たちにも同じキリストの名前が与えられていることを感謝しましょう。

 ご一緒にお祈りいたしましょう。
 天の父なる神様。私たちが生きているこの時代、見るところはどこにも希望が見出せない状況かもしれません。しかし、私たちにはイエス・キリストの名前が与えられています。私たちを救いうる救い主の名前として、今日も祈り続けます。キリストの御名によって私たちに救いを与えてください。
 イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

讃美歌21・484「愛の主イエスは」

1)愛の主イエスは 小さいものを
いつも愛して 守るかたです
(くりかえし)
聖書は言う イエスさまは
愛されます このわたしを

2)愛の主イエスは 救いのために
十字架の上で なくなりました
(くりかえし)

3)愛の主イエスは 罪をゆるして
天への道を 開かれました
(くりかえし)

4)愛の主イエスは いつもわたしと
共に歩いて みちびかれます
(くりかえし)

アーメン

出典:日本キリスト教団出版局『讃美歌21』(インターネット配信について

2023/02/06

2023年2月12日の聖書日課

(写真:キルタンサス)

使徒3:1-10
 3:1 さて、ペテロとヨハネとが、午後三時の祈のときに宮に上ろうとしていると、
 3:2 生れながら足のきかない男が、かかえられてきた。この男は、宮もうでに来る人々に施しをこうため、毎日、「美しの門」と呼ばれる宮の門のところに、置かれていた者である。
 3:3 彼は、ペテロとヨハネとが、宮にはいって行こうとしているのを見て、施しをこうた。
 3:4 ペテロとヨハネとは彼をじっと見て、「わたしたちを見なさい」と言った。
 3:5 彼は何かもらえるのだろうと期待して、ふたりに注目していると、
 3:6 ペテロが言った、「金銀はわたしには無い。しかし、わたしにあるものをあげよう。ナザレ人イエス・キリストの名によって歩きなさい」。
 3:7 こう言って彼の右手を取って起してやると、足と、くるぶしとが、立ちどころに強くなって、
 3:8 踊りあがって立ち、歩き出した。そして、歩き回ったり踊ったりして神をさんびしながら、彼らと共に宮にはいって行った。
 3:9 民衆はみな、彼が歩き回り、また神をさんびしているのを見、
 3:10 これが宮の「美しの門」のそばにすわって、施しをこうていた者であると知り、彼の身に起ったことについて、驚き怪しんだ。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2023/02/05

2023年2月5日3分メッセージ



 箴言3章3節をお読みします。
いつくしみと、まこととを捨ててはならない、それをあなたの首に結び、心の碑にしるせ。

 箴言は、イスラエルの王ソロモンをはじめとする指導者が民を教育するために収集した知恵の書物です(箴言1章1~4節)。それは、世の中をうまく生きていくための知恵に留まらず、神と人との前に正しく生きるための戒めをも含むものです(箴言3章4節)。
 ですから箴言は、他人を出し抜いていかに利益をつかむか、ということを教えません。悪事や偽りに手を染めることを戒め、善とまことを守るべきことを教えています(箴言14章22節)。「欺き取ったパンはおいしい、しかし後にはその口は砂利で満たされる。」(箴言20章17節)と言われています。
 また、箴言は自己中心に陥ることを戒めています(箴言3章5節)。厳しく自己研鑽に励んだとしても、結果として自信過剰となって他人の言葉に耳を貸さず、周りが見えなくなってしまうのはよくありません(箴言25章16節)。神を信じることは、信仰以外のことが見えなくなることではありません。信仰とは神の知恵を発見することであり、自らが行くべき道をはっきりと悟ることです(箴言3章6節)。
 箴言をはじめとする聖書の御言葉に学ぶことは、神の前にも人の前にも正しい知恵を得ることであり、神からも人からも慕わしく思えるような生き方を学ぶことです(ルカ2章52節)。聖書が約束している「いつくしみとまこと」をしっかりと目指して御言葉を学び続けましょう。

 ご一緒にお祈りいたしましょう。
 天の父なる神様。現代はおびただしい情報や、様々な人々の宣伝する言葉に満ちあふれています。利益に目をくらまされ、人の道を外れたことを教える言葉に惑わされることがありませんように。まことの道を示し、神の前にも人の前にも正しい生き方を教え導いてください。いつくしみとまことによって私をお守りください(箴言16章6節)。
 イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

讃美歌21・403「聞けよ愛と真理の」

1)聞けよ 愛と真理の 主の物語を
世の罪を除く 主のみことばを
主のみことばを
(おりかえし)
やがて時はきたる 平和の光の
くまなく世をてらす 朝(あした)はきたる

2)仰げ あがないの主を 世のため苦しみ
とこしえの命 与えたイエスを
与えたイエスを
(おりかえし)

3)うたえ 造られたもの 全て声合わせ
よろこびあふれる さかえの歌を
さかえの歌を
(おりかえし)

アーメン

出典:日本キリスト教団出版局『讃美歌21』(インターネット配信について