2024/12/08

2024年12月8日「クリスマスの奇蹟」

マタイ13:54-58

 13:54 そして郷里に行き、会堂で人々を教えられたところ、彼らは驚いて言った、「この人は、この知恵とこれらの力あるわざとを、どこで習ってきたのか。 

 13:55 この人は大工の子ではないか。母はマリヤといい、兄弟たちは、ヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダではないか。

 13:56 またその姉妹たちもみな、わたしたちと一緒にいるではないか。こんな数々のことを、いったい、どこで習ってきたのか」。

 13:57 こうして人々はイエスにつまずいた。しかし、イエスは言われた、「預言者は、自分の郷里や自分の家以外では、どこででも敬われないことはない」。

 13:58 そして彼らの不信仰のゆえに、そこでは力あるわざを、あまりなさらなかった。

 イエス・キリストは郷里のナザレ(マタイ2:23)に行き、会堂で礼拝する人々に向かって説教をしました。ナザレの人々は、山上の説教を聞いた人々と同じように驚きました(マタイ7:28)。彼らはキリストの教えの深さを頭では理解し、キリストが行った奇蹟をも見聞きしていました。しかし、ナザレの人々はキリストを信じませんでした(:57-58)。彼らは今日の私たち以上にキリストの身近にいて、キリストの家族関係まで詳細に知っていたにも関わらず…(:55-56)。

 キリストの誕生を祝うクリスマスは、日本でも身近な年中行事の一つです。しかし、クリスマスの中心的な意義について、どれほど理解されているでしょうか。クリスマスに秘められた大切な教え、その奇蹟について、はたから眺めているのではなく、自ら飛び込んでその醍醐味を味わってみませんか。「恐れるな。見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。」(ルカ2:10)

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2024/12/01

2024年12月1日「さあ主の山に上ろう」

イザヤ2:2-5
 2:2 終りの日に次のことが起る。
主の家の山は、
もろもろの山のかしらとして堅く立ち、
もろもろの峰よりも高くそびえ、
すべて国はこれに流れてき、
 2:3 多くの民は来て言う、
「さあ、われわれは主の山に登り、
ヤコブの神の家へ行こう。
彼はその道をわれわれに教えられる、
われわれはその道に歩もう」と。
律法はシオンから出、
主の言葉はエルサレムから出るからである。
 2:4 彼はもろもろの国のあいだにさばきを行い、
多くの民のために仲裁に立たれる。
こうして彼らはそのつるぎを打ちかえて、すきとし、
そのやりを打ちかえて、かまとし、
国は国にむかって、つるぎをあげず、
彼らはもはや戦いのことを学ばない。
 2:5 ヤコブの家よ、
さあ、われわれは主の光に歩もう。

 預言者イザヤが「終りの日」、つまり終末の時代の預言を語りました(イザヤ2:1)。終りの日とは、すべてが終り、無くなってしまう日ではありません。終りの日に新しい事が起き、新しい神の業が行われると預言で語られています(:2)。

 クリスマスは一年の「終りの日」であり、「始まりの日」でもあります。最も暗やみに包まれる季節(冬至)に、キリストがいのちの源として、「主の光」(:5)として私たちに与えられました。

 川は、高い山の頂から低い海の底に向けて流れて行きます。終りの日に起きる奇跡、それは主の山に向けて川が遡るように、もろもろの国の民が主の山、エルサレムに流れてくることです。それは、人々が神のみことばに自ら行くべき道を(:3)、光を(:5)見出したからです。神が教える道は平和の道です(:4)。「さあ、われわれは主の光に歩もう。」(:5)

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2024年12月22日(日) クリスマス礼拝

作者:太田玲子(鶴見福音教会

志村キリスト教会のクリスマス

2024年
12月22日(日)10:30~11:45 クリスマス礼拝

2025年
1月1日(水)10:30~11:45 元旦礼拝

※12月21日まで内装工事中ですが定例集会は休まず行っています。
どなたでもご出席いただけます。ぜひお越しください。

2024/11/29

2024年11月29日(金) 内装工事

 
 志村教会で内装工事が行われています。工期は12月21日(土)までを予定していますが、その間各集会とも休まず開催します。工事中は足元が悪い状態ですので、お越しの際はくれぐれも注意して中にお入りください。各集会とも2階の礼拝堂で行います。

2024/10/24

2024年10月24日(木) 海外宣教祈祷会

 

 志村教会の木曜日の祈祷会に、カルスター神召教会(アメリカ・カルフォルニア州)の石原シンシア充江先生が来られ、米国宣教の証をしてくださいました。アメリカ在住の日系人の救いのため、志村教会でも引き続きお祈りいたします。

2024/09/29

2024年9月29日の聖書日課

(ノゲイトウ)

ヨハネ11:3-11
 11:3 姉妹たちは人をイエスのもとにつかわして、「主よ、ただ今、あなたが愛しておられる者が病気をしています」と言わせた。
 11:4 イエスはそれを聞いて言われた、「この病気は死ぬほどのものではない。それは神の栄光のため、また、神の子がそれによって栄光を受けるためのものである」。
 11:5 イエスは、マルタとその姉妹とラザロとを愛しておられた。
 11:6 ラザロが病気であることを聞いてから、なおふつか、そのおられた所に滞在された。
 11:7 それから弟子たちに、「もう一度ユダヤに行こう」と言われた。
 11:8 弟子たちは言った、「先生、ユダヤ人らが、さきほどもあなたを石で殺そうとしていましたのに、またそこに行かれるのですか」。
 11:9 イエスは答えられた、「一日には十二時間あるではないか。昼間あるけば、人はつまずくことはない。この世の光を見ているからである。
 11:10 しかし、夜あるけば、つまずく。その人のうちに、光がないからである」。
 11:11 そう言われたが、それからまた、彼らに言われた、「わたしたちの友ラザロが眠っている。わたしは彼を起しに行く」。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)

2024/09/22

2024年9月22日の聖書日課

(センニンソウ)

詩篇139:11-18
 139:11 「やみはわたしをおおい、
わたしを囲む光は夜となれ」とわたしが言っても、
 139:12 あなたには、やみも暗くはなく、
夜も昼のように輝きます。
あなたには、やみも光も異なることはありません。
 139:13 あなたはわが内臓をつくり、
わが母の胎内でわたしを組み立てられました。
 139:14 わたしはあなたをほめたたえます。
あなたは恐るべく、くすしき方だからです。
あなたのみわざはくすしく、
あなたは最もよくわたしを知っておられます。
 139:15 わたしが隠れた所で造られ、
地の深い所でつづり合されたとき、
わたしの骨はあなたに隠れることがなかった。
 139:16 あなたの目は、
まだできあがらないわたしのからだを見られた。
わたしのためにつくられたわがよわいの日の
まだ一日もなかったとき、
その日はことごとくあなたの書にしるされた。
 139:17 神よ、あなたのもろもろのみ思いは、
なんとわたしに尊いことでしょう。
その全体はなんと広大なことでしょう。
 139:18 わたしがこれを数えようとすれば、
その数は砂よりも多い。
わたしが目ざめるとき、
わたしはなおあなたと共にいます。

(日本聖書協会『聖書 口語訳』1955年版)