2026/04/05

「志村キリスト教会50周年記念誌」(2004年)より

あたたかい教会 渡辺正晴

 コンクリート造りの小中学校の校舎が、木造の校舎に造り直されている。コンクリートは人工的に作り出されたもので、冷たく無機質で心を和ませることが出来ないからである。木は神の創造されたものである。創世記によれば、全てのものは人間が登場するために必要なものとして創造されている。だから木には温もりがあり、人の気持ちを和ませる要素があり、木には癒す力が備わっている。

 私がはじめて志村教会に行ったのは高校二年の六月であった。聖書は開けない、聖歌は歌えず、祈りもできずに教会の片隅に座っていた。今日のように様々な楽器はなく、皆はひたすら声を張り上げて歌い、大きな声で祈り、説教を食い入るようにして聴いていた。

 礼拝が終わって帰る時に、不思議な事に「この次も教会に来てみよう」という決意が与えられた。それは礼拝の中に心を和ませるあたたかい雰囲気があり、それが強く心に残ったからである。あたたかい雰囲気は人工的に作り出されたものではなく、神の御霊が志村の群れに豊かに注がれ、キリストの恵みを皆が熱い心をもって讃えていたからであると思う。

 志村教会のあたたかさは、私が伝道第一線に出てから三十五年以上を経ているが、志村教会から毎年出身献身者への励ましの手紙と心のこもるプレゼントという形で存続している。皆さんからの手紙とプレゼントをいただく度ごとに、初めて教会へ行った日のように心があたためられ、志村教会が私の母教会であることを心から感謝している。

 志村教会は創立五十年を迎え、ビジョンを張り広げて五十一年目に踏み出そうとしているが、御霊に導かれ、主を喜び伝える教会として前進されますように心から祈り続けています。

 私は志村教会の出身であることを感謝し、また誇りに思い、私も主の愛に満ち溢れるあたたかい教会を形成するために、主に仕える日々を歩みたいと祈り願うものである。

※志村キリスト教会五十周年記念誌(2004年6月27日発行)